今日も日雇いの連絡は来ない。ウセの魔王の宿改修を手伝いに行く。私は主にペンキ塗りをしている。永遠に完成しないサグラダファミリアと笑っていたが、魔王が幾らでも材料に金を注ぎ込み、また本当にいつまでも完成がみえないので少々心配になり最近は真面目に手伝っている。昨年の5月に着工し、8月にはオープン予定と言っていたのにまだ宿の名前すら決まっていない。もうラストダンジョンとかで良いのではないだろうか。
ラストダンジョンに着くと魔王が内装を作っている。そういう物なのだろうか。
魔王は宿の調度品を作っている。自作すれば家具自体を購入するよりはるかに安く済むが、今は木材も高騰しておりやはりそれなりの資金は必要になる。ある程度で妥協して早く資金回収をすれば良いのにいつ見ても取り憑かれたように何かを作っている。
ダイニングの重厚な机。扉も魔王作。更に椅子も食器棚も各部屋のベッドも作るそうだ。絶対工作自体を楽しんでいる。和風だった屋敷は床と引き戸を作り替えただけですっかり洋風になった。
私は色々なところを塗装する。マスキングテープを貼るのが上手くなった。
校長室のキッチンには前住人の作りかけの台らしきが放置されている。それをラストダンジョンに持ち込んで穀物瓶用の台に作り変え、また持って帰った。魔王宿はもはや宿ではなく木工所である。釘まで再利用して数分でいい加減に作ったのでいずれバラバラになるかも知れない。
これまでの私ならこんな残置物は直ぐに燃やしてしまっていた筈だが、魔王に感化されてしまったのだろうか。
米、玄米の瓶を乗せる。重いので高いところには置きたくないが直置きもしたくないのでこの台は丁度良い。中身は空だ。
また購入したミシンが足踏み式のため台が必要であり、どうせなら猫脚の素敵なものをと探していたのだがとても買えない。お金は無くとも時間と道具、廃材なら十分にあるのでこれも木工所で改修工事の合間に作る事にした。作る事にしたなんてやはり変だ。クリエイティブになる新型の病気だろうか。
材料はスュリの屋敷に永年ストックされている古材から貰った。ウセの魔王宿に持ち込み切ってもらい(危ないからと言って電気ノコギリに触らせてくれない)簡単に乗せてイメージをみる。
雰囲気を掴む為にとりあえず載せてみた。猫脚のミシン台は三寸角の象の足になった。でもこれはこれで無骨な感じがして良い。あとは表面を電気やすりで研き、ビス留めをして足下に棚もつけよう。
この日はこれで帰った。
翌日。魔王は終日用事でこっちの島には居ない。午前はいつも通り廃校の校長室の片付け、午後の時間は手伝いの仕事がないので全て自分のミシン台に使う。
昨日切ってもらった材料を出してまずは長い年月で付着した泥汚れなどを拭く。次にやすりでささくれや拭き取れない汚れを磨き落とす。
郵便屋さんが来たのでしばらく雑談をしながら作業をしたが、何を作っているのかなどは一切聞かれなかった。それだけここで工作をしているのが当前の風景になってしまったのだろう。海を観てわざわざ水の満ちるのを観たなどと当たり前の事を書く者などいない。
つい数日前までは家具作りなんて何の興味もなかったのに今ミシン台を楽しみながら作っている。家具なんてお金を払って買うものとしか思っていなかったが環境は人を変えるらしい。
しかし知識も技術もない素人なのは変わらない事実である。年始のイージーフローリングの完成で味を占め舐めてかかっていたが、ビスが斜めに入ってやり直したり木が持ち上がってしまったりと何かと時間がかかる。何となくの全体像だけで作っているのでビスをねじ込む位置もその時考えながら適当にやっている。
どうにか出来上がったのでとりあえずは宿に運び込んでみた。
天板は中程が盛り上がっている。色々試したがこの向きがまだ一番平らになる。ちゃんとした技倆のある人は水平器を片手に平らになるまで削ったりするのだろうか?
じっと眺めていると今度はこの木の重なった部分が気になり始めた。この宿には人を木工に駆り立てる何かが棲みついているに違いない。もしかして魔王も「それ」に操られているのでは…。
目隠しを作ったが幅があり過ぎると感じたので縦に鋸で切り、飾りも兼ねて金色の綺麗な釘で打ち付けた。更にビス穴を木工パテで埋める。やはり今日の私はどうかしている。
これ以上ここにいればまた宿に憑く木工悪魔に何を作らされるかわからない。ベッド?食器棚?ミシン台を担いで急いで宿から逃げた。
廃校へ戻りミシンを乗せてみた。高さもミシンが丁度良く手元に来るよう考えて65cmで作ってある。緻密だ。私はこんな人間ではなかった筈だ。しばらく椅子に腰掛けたままぼんやりとミシン台を眺める。
夜の海の静かな細波を聴いているとこの数日の狂躁が潮の引くように冷めるのを感じた。やはりあの宿がおかしい。あの魔王宿には人を大工仕事に駆り立てる何かが棲んでいる。
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