ここ三日また仕事が無い。年明けは国の発注も減る上冬の悪天候も手伝いこんなものなのだそうだ。無いものは仕方がない。
同じように困窮している日雇い仲間から、誰かを携帯の回線に加入させれば配当金を得られるとかいう極めて怪しい儲け話の誘いがあったが断った。説明会場に入るだけで1000円取られるらしい。彼は行くそうで心配になる。
仕事が無いなら廃校からのんびり荒れた海を眺めているのも良い。お金の心配さえなければ。
とりあえずは引っ越しの荷解きを済ませてしまおう。片付け先の決まっているものは直感的に然るべき場所に片付いていくが、波に攫われなかったように残る行き場所不定の細かいものが厄介だ。彼らの住所を定めるのに一々悩まなければならない。後半にゆくにつれ迷子が取り残され保護者の呼び出しに時間がかかる。
校長住宅にはエアコンが無いのでストーブだけが頼りである。ただしエアコンのあった穴は残っている。寒い。
そんな作業にやがて飽きが来たので一旦置いておき、やりかけのミシン台のアンティーク加工を仕上げた。アンティーク加工と言ってもペンキで塗装後紙やすりで剥げさせるだけである。材だけは本当に古いのでアンティークでなくともビンテージではある。アンティークとビンテージの違いは知らない。
また荷解きへ復職後、次第に目立ってきたのが食器類だ。内地から食器や調理器具をたくさん持ってきたのに既に食器類の充分にある魔王屋敷では出番も無く、更に内地で食器棚を譲って来たので行き場が無い彼らはダンボールのままこの半年と2ヶ月入国管理で足止めを食らっている。
いずれ食器棚を買うか作るかと思っていたが、スュリの魔王に付き従い遺品整理手伝い(という名の遺族公認スカベンジャー。私も郵便の箱やガスコンロなど色々貰った)で見たレトロな大型冷蔵庫の事を思い出した。
亡くなった方の屋敷と離れ。ここから魔王は西部劇のDVDをゴミ袋(大)数袋分、相当数持ち出した。ここに居た方も魔王も私も西部劇が好きという共通点があるらしい。手作の木造屋敷も離れもアーリーアメリカンっぽくて壊すのが惜しい。
私もいずれ林業で木に潰された時そうして利用できるものが周辺からやってきた人々に持ち去られるのだろうか。貰う分には良いのに例え死後でも愛着のある道具が知らない人なんかに使われるのは良い気持ちがしない。ここの住人もおそらくそうだった筈だ。しかし遺族はそれらを何らかの方法で処分しなければならない。死者には申し訳ないが大事に使うからと心の中で申し開きをして気に入ったものを持ち去る。
レトロな冷蔵庫の搬出入にはビール半ダースで遠い集落の大男、Mさんに来てもらった。ここではビールが現金程嫌味にならない通貨として流通している。そして油断して小さいクエストばかりこなしていると食べるものが無いのにビールだけはたくさんあるという状況に陥る。
死者宅にて。冷蔵庫としての役目を終えた後もキャビネットとしてずっと使っていたようだ。
ちなみに右の手作りキャビネットも貰い、屋外用のちょっとした物置きにした。あと外にあった朽ちかけの椅子も。
此処へ来る以前、山がちで暗く冷たい生駒にいた頃、妹にアマゾンアレクサをプレゼントされた。電気の点け消しや日時の確認、アラームに天気など大活躍のアレクサであったがアンティーク趣味の部屋の中でSF感溢れるアレクサは不協和音を奏でていた。
そこで野崎にいた頃Wi-Fiルーター隠しに置いていた羊の骨を被せてみた所サイズがぴったりだった。頭骨に話しかける形になるので、特にアレクサが分からない年配の来客を気味悪がらせた。
帰宅時に流す曲を編曲し、憂鬱な曲からなる「夏のリビング」と陰鬱な曲からなる「冬のリビング」というプレイリストを作成した。夜、仕事から暗い一軒家に帰ると暗い曲が流れる。
この校長室は海浜に位置しており壁も明るいベニヤ板のリビングなので、明るくカントリー系の「海辺のリビング」というプレイリストを作成した。しかしアレクサが「海辺のリビング」という私の発音を聞き取ってくれない。だからニュアンスをあまり変えずに「海岸のリビング」にした。「アレクサ、かいがんのリビングをシャッフルさいせいして」なら聞き取ってくれる。この辺りは砂浜で岸辺要素は無いがまあ良いだろう。
アレクサ、これからもよろしく。
私には珍しく明るい音楽を聴きながら片付けを進めて行く。まずは搬入を手伝ってもらった壊れた冷蔵庫をきれいに洗い、食器を収納した。
リビングの校舎側を片付けてカーテンをかける。ひと月丸めていたカーテンは皺だらけだがいずれ自重でのびる。
脚立は家中を忙しく動き回る。
リビング海側も片付けてカーテンをかける。
このカーテンは此方からみて海と白波をイメージしているのでレースをわざと内側にしている。風に靡いた時少し波みたいに見えなくもない。
リビングは片付いたが寝室がまだ整理されていない。
しかし面倒になったので今日はもうリビングのソファーに寝そべって本を読み、いつの間にか凪いでいた海を眺めてのんびり過ごす事にした。