辺境にて

南洋幻想の涯て

聖域、虹を育てる月の神

 本島へ渡り、山の現場へと向かう道すがら、あちこちで桜が咲いているのに気がついた。こちらでは桜が2月に咲く。寒緋桜だか緋寒桜だかいう種類だったと思う。桜というより梅に似ている。

 休憩中、花の名所がないか尋ねた。幹部達は笑って「あんたの今住んどるとこよ」と答えた。偶然にも今住んでいる廃校の近くだった。集落の川上の方にある聖域(ミャードといって詳しく知らないが神様か何かいるらしい)周辺だ。

 そして翌日は休みだったが、祖父の植えたタンカンの収穫をする約束があるので日中は時間がない。それでも午前中の限られた時間で川の途中までは桜を観に行った。しかし約束の時間が迫り慌ただしく引き返してきた。夜には聖域まで行きその時にゆっくりと楽しもう。



 23時。食後についうたた寝をしてしまいこんな時間の出発になってしまった。私のバイクはうるさいのと、山中悪路や少し急な勾配も有るので最近馴染んできた消防ブーツを履き徒歩で行く。

 校長室を出ると数日後には満月になる月が煌々と輝いている。懐中電灯がなくても十分に歩ける明るさだ。

 校門を出た時大きな猪に出くわした。跳び上がらんばかりに驚いたが猪の方も驚いたようで私の横をすり抜け学校に入ってしまった。足元にいるかもしれない毒蛇にも気をつけなければならない。猪もたまに襲って来るのでやはり警戒しなければならない。懐中電灯を点けた。

 軽い気持ちで夜桜を観に出たが今の一件で不安な気持ちになり始めた。それでも折角出たのだからと歩き出す。集落の中へ入り、抜け、川を遡って聖域へ行く。街灯もない夜の山は今朝とはうって変わって暗く不気味だ。

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 付近の藪から物音がしたり獣臭まで漂ってくると引き返したくなる。廃校から三十分程度の近所だが怯えながら歩くとずっと遠く感じる。

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 聖域周辺に着いた。聖域のはっきりとした場所は知らない。川とは別に水の流れる音が何処からか聞こえる。確かに桜がたくさん有るようだが懐中電灯を向けた先しか見えないので余りたくさん有るように見えない。電灯を消すと月明かりの下桜並木が現れる。

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 辿って来た山道を振り返り朽ちかけたガードレールに目をやると数頭の獣が横切って行くのが見えた。内地のいかにも人工的なライトアップは興醒めに感じていたが今そのありがたみを知った。

 今夜は久しぶりに星の軌跡でも撮ろうとわざわざ三脚と一眼レフを持って来ていた。余計な事を。設置後2時間ぐらい待たなければならない。もう帰りたかったが折角ここまで持って来たので撮らないわけにもいかない。

 

 良い場所を探して歩き回ると濾過貯水槽のようなものが有った。川とは別の水がちょろちょろ流れる音はここからだった。不気味な事この上ない。角川ホラー文庫という単語が脳裏をよぎった。しかしこの脇が桜を抜けて夜空の見える希望に沿った位置だった。一枚試しに撮ってみる。

 月が邪魔だ。明るすぎて他の星が見えない。しかも翅まで生えてはばたいている。しかし星の軌跡を重ね合わせる時にどうにでもできるだろう。早々にノルマを達成して早く暖かい毛布へ帰りたい。もうここで良い。決定。渋々設置をし、嫌々2時間待つ事にした。

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 明かりも消す。寒々とした月明かりに浮かび上がる貯水槽。ホラーだと貯水槽といえば死体だ。余計な事は考えてはならない。

 周囲の闇からはよくわからない鳥獣の声が聴こえる。命が無くていらっしゃる方々なんかが写れば二度と暗いところへ行けなくなるだろう。余計な想像をしてはならない。

 永らく突っ立っていたが余りに寒いので一度帰って出直す事にした。怖いからではない。本当だ。

 

 

 

 午前1時30分。今度は猪襲撃対策としてバールを持っていく。オバケが怖いからでは無い。本当だ。

 

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これにラジオもあればサイレントヒルだ。

 

 パジャマの上にコートを羽織り、弓手に電灯馬手にバールで夜の山を行く。もう怖い物はない。いや元から何も怖がってなんかいない。本当だ。

 ところで私のいでたちの方が余程ホラー文庫だ。誰にも会わなくて良かった。

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 泥濘で滑ったり獣臭に怯えたりしながらも聖域からカメラを回収し、不気味な夜の山の探検から無事に帰って来た。

 

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 そして気が付いた。

 



 


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 自宅の方が不気味だ。

 

 

 翌日、帰宅後家事を済ませ、カメラが昨夜の山中で撮影し続けた数百枚の写真を一枚に重ねる処理をする。煌々と輝く月をどうにか出来るはずはない。撮る前から解ってはいたが早く帰りたかったのだから仕方がない。まあやるだけやってみよう。

 

 モニターに現れたのは聖域上空で星々を引き連れ踊り、夜の虹を育てる翅の生えた月だった。予想をはるかに超えた珍妙な一枚だ。

 

聖域の神?

 

 大失敗だ。こうまで悪ふざけをされれば彩度を落として虹を目立たなくするのが私には精々だ。折角山中の小冒険までしたのに。まあ変な所で妥協をするからだが。

 

これはこれでUMA感がある。然るべき雑誌(アレ以外に何がある)に売れないだろうか。

 

 次回は面倒がって適当にせず、月の通る位置など事前に調べて撮ろう。こう決意を新たにするのは何度目だかわからない。だって計算とか面倒くさい。