辺境にて

南洋幻想の涯て

猟犬の庭

 いつもながら仕事もなくふらふらしている。農業は手伝っているが、去年マンゴーの時期が終わった時に10万円もらったきりだ。こんなものは仕事とはとても呼べない。収入という目で見れば高校生のバイト以下だ。

 魔王も自分で出来るうちは自分でやると言っているので私が行っても行かなくてもどうでも良いようだ。だから手伝うのは技術習得のためである。今日はタンカンに栄養素とハモグリバエ予防薬を散布する。


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 色々な虫がいる。春というには強過ぎる日差しの元あらゆる物が高いコントラストをもって目に映る。色彩。光と影。鳥の囀りを聴きながら野良仕事をすると幸せな気持ちになる。


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虫にも栄養素を散布する。健やかに10メートルぐらいに育ちますように。

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事務所内ベンガルネコお気に入りの場所。知らないおじいにこの子は2メートルぐらいになる奴よと言われた事がある。ひとたまりも無い。

 事務所でベンガルトラと遊んでいると偶然山賊お頭が通った。

 ちょうど良かった!ケータイを家に忘れたから取ってきてくれ!と言って去った。セソからニッシャムロへの林道入り口にいるとの事だ。

 何もちょうどよく無いがまたバケツいっぱいの肉にあり付けそうだからスュリからは少し遠いアクトクへ素直に向かった。

 畑の一本道を抜け野良ビーグルをからかいお頭の屋敷前にバイクを停める。正面から屋敷に上がりお頭のスマホへ電話をかけながら探す。

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ついにこのダンジョンへ挑む時が来た。ちなみにお頭は暇さえあれば本島へ渡りパチンコに興じている。

 広い屋敷内には林業道具やら着ぐるみなどが点在している。この可愛い着ぐるみを着て普段の無茶苦茶な行動をとればきっとウケますよと言ってみたがお前がやれと言われた。

 私は丸太をぶつけて木を折ろうとしたり、ハブを探しに川の中を歩いたりといった蛮行はしないので普通でつまらないだろう。お頭がやるべきだ。ハードな自然をタフに生き抜く訛りの強いゆるキャラ。面白いと思うのだが。

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 1メートルぐらいある鰯の魚拓に感動したりしながら微かに聞こえる着信音を頼りに屋敷の廊下を歩き回る。お頭の兄(強面、一度ソーキ丼を奢ってくれた)がいびきをかいて寝ているので起こさないようにしよう。泥棒ではないですという間もなく締め上げられそうだ。

 縁側まで来た。どうもスマホは屋敷の外にあるらしい。少しほっとして正面玄関へ戻り庭へ出た。

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 この間骨をあげた人懐っこい方の猟犬が尻尾を振っている。この写真に写っている建物全てが敷地内でありお頭の持ち物である。そしてこれは庭の一角に過ぎずまだ建物はあるようだが恐ろしい方の猟犬がいて奥へは探検に行けない。今も唸り声が聞こえており不安な気持ちになる。それにしても世界最大級の犬小屋である。

 着信音はどうやら恐ろしい方の猟犬の方角から聞こえる。嫌な予感がしてきた。恐ろしい猟犬はまだ姿を見た事がない。屋敷の裏の方にいていつも唸り声が聞こえるのみである。

 いつでも走り出せるよう心の準備をして唸り声のする屋敷の裏へゆっくり回り込む。裏へは初めて回ったがやはり朽ちかけた木の小屋がありその向こうに集落の道が見えている。裏口になっているようだ。

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 裏へ回ると同時に唸り声は止んだ。スマホは小屋の中にある食器台の上に見えたが、恐ろしい猟犬がどこに居るのかわからなくなってしまった以上迂闊に取りに行けない。スマホと仲良く小屋の中だろうか。やってられない。

 しばらく辺りを観察してようやく屋敷の下に猟犬を見つけた。目標の小屋からは至近である。リードが見えないのでどれぐらいの距離まで追って来れるのか、そもそもリードがついているのか、それより何故地面と屋敷を紐で繋いでいるのか、もう何もわからない。

 ただただ見えない脅威が見えている脅威に代わっただけだ。やってられない。


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今日は人間よりビーグルに接触した回数の方が多い。そんな事より帰りたい。

 しばらく様子を見る。目標の小屋へそっと近づき猟犬に動きがないのを確かめて後はスマホを目指しゆっくりと進入した。そのままスマホを取り小屋から道へと一気に駆け抜けた。

 

 無事にバイクへ戻ったのでお頭の待つセソを目指す。危険な任務を果たしたのでバケツ肉は約束された。

 しかしセソの林道入り口に凱旋した私を出迎えるものは誰もいなかった。お頭に電話をしてみたが私の尻ポケットが振動するだけだった。

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やってられない。