林業社長はヒンジャ(ヤギ)肉を手に入れた。仕事の昼休み、みんなにヒンジャ汁を振舞ってくれる事になった。
離島側の現場がもうすぐ終わる。イスラム自転車の人は最後まで遂に現れなかった。
ヒンジャ汁は林業社長ではなく角刈りのSさんが作ってくれる事になった。私は校長室のキッチンを提供する事になった。そういえばゴキブリは台風後嘘のように居なくなった。セソの板金屋さんから大鍋を借りてきた。
昼が楽しみで仕事はあまり手につかなかった。Sさんの午前の業務はコックだな、とか事前に言ってくれれば校長室を綺麗に片付けておいたのに、など思いながら上の空で昼まで働いた。
昼休み、皆で校庭に移動した。Sさんがこの家はテレビも無いのかと言いながら出てきた。料理が終わって暇になってしまったらしい。廊下を掃除しといたぞ、と言った。流しに置いてあった食器も洗ってくれていた。テレビが無くて良かった。
14人も居たので校長室には入り切れない。結局、何となく集合していたブランコの周りで食べた。
今回の現場はSさんグループと山賊のお頭、その相方のTさんもいて賑やかで楽しかった。
ヒンジャ汁はヒンジャの骨付き肉とワタ(内臓)、大根が入っている。味付けは出汁と塩のみのシンプルなものである。ワタを沢山掬い、おかわりもした。食後は校舎の屋上で昼寝をした。もう働けない。
皆大体二杯ずつ食べたがそれでも大鍋に半分ほど余った。持って歩けるようなものでも無いので全て私が貰った。最高だ。更に社長が本島の100均で買ってきた器も呉れると言うから貰った。
よく考えたら器はこんなに要らない。
今日は食べたら解散という噂があったがそうはならなかった。昼で終わりムードを引きずったまま夕方まで渋々働いた。
帰宅後、私の所有する一番大きな鍋いっぱいにヒンジャ汁を取り分け、残りはスュリの魔王にあげた。そして大鍋を洗い板金屋さんに返した。
晩御飯はもちろん美味しいヒンジャ汁である。次の日の弁当は高級ねこまんまとヒンジャ汁、夜はヒンジャ汁…。飽きた。
ヒンジャ暦第3日。この日は朝から雷雨で日雇いは休みになった。雨漏りが心配になり屋上の様子を見に登った。不安は的中し、プールが出来ている。
排水口の松葉を除くため校長室に飛び移る。派手に水飛沫が上がり長靴に水が入った。排水口はとうとう奥の方で詰まったようで水を吸い込まない。今はどうにも出来ないので落ちていたアンテナを突っ込んでおいた。
松葉が流れてきても隙間を確保してくれるかも知れない。
一週間探していたグローブ用カラビナは水泳の授業中だった。ポケットに入れた。
朝のチャイムが鳴った。週七日働く機械たる私は迷わずスュリのビニールハウスへ向かう。ロボットという言葉は労働という言葉から考えだされたと、確かアシモフの雑学本に載っていた。しかしその労働の語源が私であると言うことはあまり知られていない。語源より人間になりたい。つまらない。
雨は朝だけだった。マンゴーは大きくなってきた。ネット掛けと銀紙付けをした。
昼はヒンジャ汁にうどんを入れたもので良いかと魔王は聞いた。そうだった、ヒンジャ汁はここにも沢山わけたのだった。
ちょっと甘かったので味を変えてみたけど、などと食べ比べて欲しそうにしていたが断って納豆うどんにして貰った。ヒンジャなら間に合っている。
納豆うどん。美味しい。
腰の装備品:①救急ポシェット(消毒液・バンドエイド・ポイズンリムーバー・ライター)②手鋸③グローブ用カラビナ④予備燃料
夕方、まだ明るかったので、昨日から着手している夏の校庭管理の続きを始めた。作業中の写真も提出しなければならないのでスマホを置いて自撮りをする。どうしてもカメラ目線になってしまう。
やがて夕方のチャイムが鳴ったのでやめ、下校した。と言っても帰る先は校庭の隅の校長室だ。ヒンジャが帰りを待っている校長室。
ヒンジャ汁に火をいれる。美味しいが、流石にこの独特の臭みにも飽きた。まだ鍋に半分は有る。段々と煮立って行く脂っこい水面を見つめていると山賊のお頭から電話が来た。17日にヒンジャをつぶすから汁食べに来い、と言っている。沸騰している鍋を見つめる。魔が差す。
…カレールーを一箱全部とキノコ、トマト、ニンジンに生姜、月桂樹に料理酒や醤油などを加えた。Sさんには申し訳ないがこれで普通のカレーになった。ヒンジャはもうここには居ない。少し何かの内臓が浮いているだけの普通のカレー。
だが、ヒンジャは勝った。カレーに。あらゆる香辛料に。ヒンジャは、勝ったのだ。
カレーをおしのけ、ヒンジャの臭みが少しも損なわれず立ち昇ってくる。そして色々入れたため分量はまた鍋いっぱいに戻った。