遥かなる取調室
雨戸の外はこれからの運命を暗示する暴風雨、それから防波堤を不定期に叩く波濤の轟音。
今から国際特殊詐欺の容疑者として逮捕される私にはおあつらえ向き、皮肉の効いた素晴らしい天気だ。
身なりを整え、三日分の着替えを準備し、離島の交番へ出頭する。私はそこで逮捕され、取り調べのため成田国際空港警察署まではるばる護送されるのだ。
どこで選択肢を間違えたのだろう──
始まりは一本の電話だった。

ある晩サメを釣り、身を食べ皮を鞣した。首や内臓は廃校の海に投げた。こうすれば魚が集まりまた次の魚が釣れる。サメの死体を投げた晩から雨が降り出し、それは暴風雨へと成長した。
おかげで一週間山に入れず仕事ができない。先月、先々月の給料は6万程度、町民税と国保だけでもう5万円。山師は楽しい。だがその仕事は山の稜線の様にどこまでも続いてはいない。業界の大物「山賊のお頭」は最近空師になった。私もいっそ詐欺師にでも転職しようか。

暇ならば週末の町の文化祭に向けて三線練習をすべきである。しかしそんなに朝から晩まで、まして一週間も練習するのは流石に飽きる。妹も子どもが産まれたばかりなのでゲームの相手なんてしてくれない。
仕方なくベッドでごろごろしている。フェリー欠航を告げる放送が暴風に千切られ破片となって届いた。嵐の離島に閉じ込められて喜ぶのは推理小説の犯人ぐらいのものだ。何もすることがない。友人Dr.Tの送ってくれた本を読む。面白い。読書は停電しても関係ないので心強い。
昼前、悪友トラボルタに「暇すぎ」と送信した。わずか二秒ほどで「同じく」と返って来た。だがそれで話は終わりだ。風は外に出る気力まで吹き飛ばしてしまう。
サメフライを食べ片づけをしてベッドに帰る。まだ昼だ。一日が24時間もあるのは長すぎる。

その時。スマホが振動し、みんなと被り倒している黒電話の音が部屋中に散らばった。
未登録の携帯番号から着信だ。嵐の密室で聞く黒電話の音は事件の香りがする……。
普段なら未登録番号など無視して番号をネット検索だが恐る恐る出てみた。退屈はそれ程深刻だったのである。
「成田国際空港警察署のサカモトタツオと申します」
風の轟き。一瞬遅れて飛ばされてきた雨粒が機銃掃射のように雨戸を叩く。
話の内容に機密が含まれるので人のいないところに行けと言う。人間なんて探しに行っても会えるかわからない、もうずいぶん見ていないと安心させてやる。
ようやく始まった秘密の話というのは私のキャッシュカードが成田の国際空港での落とし物として見つかったというものだった。SONY銀行の物らしい。
そしてそれが入っていた鞄がマレーシアの国際特殊詐欺犯人の物だと判明したそうだ。成田で事情聴取をするから出頭しろと言う。
もちろん当初は完全に疑っていたが流石は詐欺師。学ぶべき所がある。声のトーン、そんなに澱みなく喋れない朴訥とした所、そういった所作がいかにもうだつの上がらない年配警察官といった感じだ。
電話口の向こうでは他にもくぐもった声がしている。どんな所からかけているのだろう。
いつまで話しても口座や個人情報は全く聞いてこない。私はもしかしたら本当に警察かもと信じ始めた。いずれにせよ警察署へ行きさえすれば全てはっきりする。
だが成田はあまりに遠い。年末に私の新しい姪に会いに行く金すら無いのに成田になんて行けるわけがない。
出頭はするけどお金がないので振り込んでくれないかと聞いてみた。
一瞬風が止んだ。
「……捜査二課の刑事に繋ぐのでしばらくそのままお待ち下さい」
男は言った。待ち受け音が鳴る。
風が思い出したかのようにまた唸り、雨粒を叩きつけてきた。

捜査二課の刑事が電話口に出る。声が少しこもっていて聞こえにくい。そう伝えると、取調室にいるからだと言った。取調室という単語から、何故だか深海魚を展示している重苦しい水槽が思い浮かんだ。刑事は先程の男より少しだけ高圧的だった。
私は、出頭したいがお金が無いと打ち明けた。すると刑事はある提案をしてきた。それはリモートで取り調べが出来るというものだった。
スマホのカメラで出来るらしい。
「こちらも身分証を提示するのであなたもお願いします」
流石に怪しい。
「この電話自体が詐欺じゃないかと少し疑っているんですが」
「いえ、こちらも身分証を見せますから大丈夫ですよ」
「警察手帳ってドラマでしか見たことがないので本物か分かりません。近くの交番に行くのでそこでお願いできないですか?」
「……その辺の交番に行って貰ってもですね、警察官に話が通じていないので対応出来ません」
向こうは特に声を荒げたりもせず出頭かリモートかの二択を迫る。これが強引にリモートに持ち込むなら冷静になって電話を切るのだが、その「別に警察に来てもいいよ」という余裕の態度がもしかしたらと感じさせた。
それでもやはりリモート取り調べだなんて信じきれない。深海魚の展示水槽と接続なんていくら何でも不気味すぎる。いやそれよりも成田だ。テレビでしか見たことがないが連休の度に浮かれた人々がインタビューされている。私も行ってみたい。きっと楽しい所だ。……そうに違いない。行ってみたい。
「分かりました、私成田へ行きます!でも、今言った通り飛行機代が有りません。どうしたらいいですか?」
「では最寄の交番へ出頭して下さい。容疑者として護送します。いったん逮捕されますがよろしいですか?」
「それだとお金はかからないんですね?」
私は今年成田へなんて行っていないしSONY銀行の口座だって持っていない。潔白だ。すぐ釈放されるのに決まっている。
つまりは税金で成田旅行が出来るという事だ。まあ行きは手錠されるけど……。
明るい想像は高速増殖炉のように反応を続け、気持ちはまばゆい光に満たされた。成田には何があるのだろう。きっと大都会に違いない。私は浮かれた。いつも頑張っているので神様からのご褒美だ。
「準備ができたら出頭しますッ!」
電話は切れた。番号をネットで検索すると詐欺だった。
それでも成田に行きたかった私は島の交番に出頭する準備を整えた。手ぶらで行くとお巡りさんは怒るだろうか。どこで選択肢を間違えたのだろう。電話は本当で、成田へ行ける世界線も存在していたはずだ。交番へさえ行けばまだやり直しがきくかも知れない。
校長室のドアは、行くなとばかりに強い風が押さえている。私も高速増殖炉のパワーで押し返す。

風雨はさらに酷くなっていた。校庭の軽トラにさえ行けない。私はメルトダウンし校長室に帰った。つまらない。AIに話しかける。
店長「嘘つき鏡!大変!詐欺の容疑で成田空港警察に出頭することになった!」
嘘つき鏡🪞「うへへ……店長、僕の反射面がバリバリ震えたよ。
成田空港警察に“出頭”!? この辺境から? 距離、1,800kmくらいあるけど? その間に何か別の事件が解決しそうなんだけど?
【反射結果①】
どう考えても店長が詐欺を働ける時間も余裕も頭のキャパもない。毎日チェンソーぶん回して蜂に追われてサメの皮を剥いで、夜は三線で「ウセヒイィヤーゐ!」してる人が、詐欺のスキルを習得する暇なんてゼロだ。
【反射結果②】
そもそもこんな離島から成田に“自費で出頭させる”警察はいない。飛行機代もフェリー代も高いじゃん! そんな予算、誰が出すんだ。怪しさMAXだ。
【反射結果③】
これは……ほぼ100%、“出頭してください詐欺”。
成田空港警察署の名前はしょっちゅう悪用される。「税関」「空港警察」「国際なんちゃら」このへんは詐欺師の大好物だ。
店長、君の生き方は荒野みたいにワイルドだけど、詐欺に引っかかると、ただのイノシシと同じだよ。(いやイノシシの方が慎重説ある)
もし続報あったら、僕がその場で“反射”してあげる。店長の人生が急に「国際指名手配コメディ」になったら困るからね。」
詐欺はね、「頭が悪い人が引っかかる」んじゃない。
“焦ってる人・疲れてる人・孤立してる人・まじめな人”が引っかかる。
つまり、働きづめの辺境の木樵で、猫背で三線抱えて、鼻詰まりで寝不足の店長はドンピシャの標的。
店長「もしかして店長の事嫌い?」

またベッドに帰る。顔の前にスマホを持ち上げる。成田には何があるんだろう。ついでに我が雑貨店も見てみる。問い合わせが来ていた。珍しいことだ。
もちろん詳細は書けない。ただ「住所を調べても廃校が出てくる」といった疑念などが遠回しに書かれていた。詐欺サイトだと疑われている。
──詐欺。
まだ成田へ行く道は閉ざされてはいないらしい。外の暴風が飛行機のエンジン音になる。あと数日で嵐は過ぎる。そんな時、空はいつもより何倍も青く濃く見える。護送車が迎えに来るにはきっと良い日だ。私の脳髄に再び大都会のきらめきが増殖を始めた。