辺境にて

南洋幻想の涯て

旅路⒐

 永遠に眠る伽藍堂の無機質な明かりで窓外の黎明は墨のようだ。

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 この空虚の中には私しかいなかった。弟の所までここから30駅以上もの長旅になる。夜でも朝でもない黎明の中で妹の持たせてくれたおにぎりがまだ温かかった。

 内地の冬の控えめな青空の元、杵を大上段に構える。振り下ろしたその先端が餅にクリーンヒットすると歪みのない真っ直ぐな反動が返って来る。杵の軌道が曲がっていたり、餅の薄いところを叩いたりとまずい攻撃を加えれば大きな反動が返ってきて手首が痺れる。

 初めは杵をただ力任せに叩きつけているだけだったが、これは薪割りと同じ要領だと気がついてからは一気に上達した。上手だから来年からも来てくれ、初めてだとは思えないと煽てられ、一層調子に乗る。

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 合いの手との息も大切だ。返された餅のどこを叩くべきなのか、言われなくとも察せられるようになった。合いの手は珊瑚垣の島のSちゃんである。今彼も大阪に居る。私と餅つきをしているのだから当たり前だ。大阪どころか目の前にいる。

 「ヨシもう良かろ」

 Sちゃんの一声で餅は屋敷の中へ連れ去られていく。中で待ち受けている女衆が程よい大きさにちぎり分け、成形して完成させる。

 その中枢には一族のゴッドファーザーたるおばあさんが居てあらゆる工程に目を光らせている。らしい。ここへ招かれて半日、まだ庭と小屋にしか立ち入っていないので屋敷内の事は推測するしかない。男衆で蒸し損なった餅の隠蔽工作(急いで食べる)などを観察するにおばあさんは恐るべき女帝のようだ。

 縁石に座り一休みだ。Sちゃん一族を見渡す。二十人、もっと居るだろうか?皆子どものようにはしゃぎ、共同している。これだけ大勢居て喧嘩しないのだろうか。身内というのは基本的に無関心か敵対、稀に気が合う僅かな組み合わせだけが付き合いをする。そういうものではないのか。

 次の餅が蒸し上がったので立ち上がり杵を取る。夕方までに、交代をしながら五升だか十升だかの餅をつき上げた。

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 最後に記念撮影をした。私も末席に加えてもらった。中心人物はいかめしい表情のおばあさんである。

 

 

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 レンジで温め直した餅に噛みつきながら横目で赤ちゃんを見る。妹は依然私を大歓迎してくれている。妹が言うには旦那の方も私を気に入っているそうだ。本当かどうかは分からない。来年は餅つきに誘ってみよう。

 赤ちゃん。まだ自らの手さえも認識していないそうだが、時折私を見てにこにこ笑う。抱き上げるふりをして抱かないと、泣き顔のへの字口になる。可愛い。

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 だが、やはりどこかで所在のなさを感じる。溺愛してきた妹を取られたと、拗ねてでもいるのだろうか。私は離島から妹の幸せを願っていたのではなかったのか。

 赤ちゃんが私を見つけて微笑む。今は大人の笑顔を模倣して勉強中なのだろう。こんな顔をしていては良くない。たくさん笑顔で話しかけよう。死体に子守唄を歌って聞かせていた夜から随分な進歩だ。

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 長かった帰省旅行も数日を残すのみとなった。弟にも会っておきたい。妹もその旦那も少しでもウチに居てと言ってくれた。私は逆らって、出かける必要があるという事を意固地に主張した。恐らく本当は、行くな、と言って欲しかっただけだ。引き止められる事で、自分の寂びれた価値を再確認できた気がした。私は、本当に馬鹿だ。

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 神戸の弟に会いに行く。釣り堀へ虹鱒を釣りに行くのだ。妹は沢山のアップルパイを焼き持たせてくれた。それから巨大なおにぎり。沢山の餅をもたらした私は今度は沢山のアップルパイと旅立つ。イカれた建国神話みたいだ。行き着いた先でアップルパイの王様でも何にでもなってしまえばいい。

 

 妹が早朝の駅まで送ってくれた。寒がりのくせに。始発までまだ少しあるのでロータリーの車内で待つ。島に帰るまでにまだ会えるのに妹は悲しそうにしている。お正月ぐらいに戻れたら良いのに、と私も本音がこぼれて夜空の青くなりつつあるのを見る。

 クリスマスに来たのに何故正月に戻るのかと言えば、祖母が亡くなって年末は悲しいお通夜ムードだったからである。だから戻りたい過去に微細な調整が入る。

 暖房を入れていても白い息が見える。私と妹。2人で旅行に出かけるのは妹が高校生の時に始まった。本当に色々なところへ行った。そして去年終わった。もう妹には旦那も子どももできた。

 去年の今頃、妹は春日山城へ連れて行ってくれた。真冬で、テレビでは豪雪の被害などを連日報道していた。母やその夫などは反対したが妹は押し切った。これが兄妹の旅の最後だと分かっていたのだろう。今更それに気がついたが何も言えなかった。春日山城は、もうずっと昔から私が行きたいと言っていた所だった。

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 改札へ向かいながら何度も何度も振り返った。ほとんど後ろ歩きだ。寒々と暗いホームの始発。それからは、この熱的死を迎えた空虚が本当に再び動き出し、私を連れ去ってくれる事を祈り待ち続けた。

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 永い時間の後、伽藍堂は唐突に短い溜め息を吐き出し、暗い一本道をうつらうつらと進み始めた。自分自身起きているのか眠っているのか、ただただ安心している。

 電車が停まるたびに冷たい空気が流れ込み薄いまどろみの膜が破かれる。何度繰り返しただろうか。ようやく人の乗ってくる気配があった。詰めて座り直す。通学の学生だ。これから何十年でも乗るつもりだろう。

 それから一駅ごとに夜は薄まり、その薄くなった分がスーツを着て電車に乗り込んでくる。やがて車内はぎゅうぎゅう詰めになった。いくら街の雑踏が好きだとは言えこういうのは別だ。満員電車で喜ぶ奴なんてチカンぐらいのものだ。

 息苦しさに身をよじって後ろの窓から外を見る。自分の肩越しの景色の中にビルが生え始めていた。ビルは境界笹のようにあっという間に殖え、見ごろを迎えた。人々は、川に散った花びらのように流れ出て行った。

 電車はまた元の伽藍堂に戻り、気が付けば私だけが座っている。冬の優しい光が足下に窓枠の形を幾つも投射している。

 

 駅のロータリーに弟の姿を見つけて手をふる。神戸の山手は恐ろしく寒い。乗り込んだ車は更に更に山へ向かって行く。取り止めのない話。川を越え、橋を渡り、車はいつのまにか昔話に出てくる里の中を走っている。初めてくるのにいつかの帰り道のようだ。

 

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 釣り堀は私の想像していたものとはかなり違っていた。それは自然の川を利用した素朴なものだった。川を大きな石で区画に分け、そのひとつを借りるのだ。

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 虹鱒を放流に来た係のおじさんが、寒ければ焚き火をしても良いよと言った。河原でのびのびとキャンプをしながら釣りができる。山里の長閑な風景。弟はいい場所を知っているな。

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 放流された虹鱒は隠れるところを探して泳ぎ回る。それを2人、ルアーで探っていく。魚が居るのだから釣るのは簡単だなんて決めつけていたが案外難しい。

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 「多分この色が良い」

 「こっちで今追いかけて来た」

 「これが今日のラッキーカラー」

 ルアーの色から投擲場所まで今はそれだけが世界の全てになる。

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 2人だけで遊ぶのなんて一体いつ以来だろう。弟は、一家の主人の立場を離れると子どもの頃と変わっていなかった。私が小学生の頃バス釣りブームがあった。よく2人で「恐竜公園」に釣りに行った。弟もその頃の事を思い出しているようで、話題に上がる。

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 一匹づつ釣り上げたので串に刺して焼く。弟は椅子とコーヒーを出してくれた。いつの間にか陽は高く登り、暖かささえ感じ始めた。

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 またどちらからともなく立ち上がり川面に向かう。私と弟は子どものように夢中になった。淡い緑の山の上で薄い雲がゆっくり流れていく。

 

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 「そろそろ片付けするけど兄ちゃんまだ釣りしとって良いで」

 弟の言葉に甘えて川底を覗き込む。ギリギリまで粘ろう。釣竿を手にキャスティングのポイントを考える。

 

 一匹の虹鱒が石の下で意地になって留っていた。こいつを釣ってやろう。だがその彼も結局、群れが遠ざかるのを見て慌てて追いかけて行った。彼にしてみれば生きるか死ぬかの重大な決断だったのだろうが滑稽だった。

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 虹鱒は堰のおかげでどこへも行けない。同じ所をずっと回っているだけだ。時々岩場などへ定着を試みるが、良い石を見つけられなかった数匹が移動し、その不安が群れ全体に波及し、一箇所に留まるということがない。私は釣りよりも虹鱒の観察に夢中になっていた。川面は陽射しを柔らかく跳ね返して光る綾を作っている。どこにも行けない群れは同じ道をたどり続ける。

 

 「兄ちゃん行こか」

 

 振り返ると河原にはもう焚き火の跡さえなくなっている。私はもう椅子を畳んで返した。虹鱒はいつまでも回遊を続けていた。