辺境にて

南洋幻想の涯て

プライアップゾーン

 大阪旅行中の事。来阪する私のために親戚が集まってくれた日があった。叔母にいとこの兄妹、私の弟夫婦とその3人の子どもたち。

 妹は子どもたちのお絵かきに付き合っていた。私は妹が勧める逆転裁判(ゲームのタイトル)をプレイしてみた。面白かったので夢中になった。

 4歳の姪は、メモ用紙の背景に薄っすら印刷されている可愛らしい熊と兎をなぞって描いていた。描き終えると、ふざけて色々加え始めた。どれくらい経っただろうか妹が突然爆笑し始めた。姪の絵を指さしている。ゲームを中断し、私も覗きこんだ。そして爆笑した。

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 これが大人の描いたものならそんなに面白くなかっただろうが、5歳の子がこんなものを描いたのが不意打ちだった。

 先に喋れるまでに回復した妹が絵の題名を聞いた。姪は「プライアップゾーン」と言った。その意味のわからなさにまたひとしきり笑った。

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特に兎がヤバい。

 その後の浜名湖旅行でもこの話題は何度も出た。私は冗談にプライアップゾーンの意味を講釈した。

 絵の中で不快感の臨界に達した熊と兎が対峙している。熊は沈黙の末に堪りかね、ついに手を出した。兎は殴り返すか訴えるか逡巡している。その感情の濁流の駆け巡る一刹那がプライアップゾーンである。


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旅行中は逆転裁判の話ばかりしていた。ホテルでもモニターにSwitchを繋いでプレイした。ベッドにタイヤが付いていたのでモニターの前に動かした。

 それからも駐車が右に寄りすぎて出来た左の空間だとか何かの待ち時間だとか、今思えば何が面白かったのか解らないが、いちいち「これがプライアップゾーンだ…」と解釈を自由にした。


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妹とカプコンショップに行った。逆転裁判グッズを買おうか迷ったが、ゲーム文化のない離島で弁護士事務所やら裁判やら書かれたグッズを持っていると誤解がありそうなのでやめた。

 あまりにプライアップゾーンを乱発したためついに妹にも飽きられぎみになった。しかしそれでもこの遊びの気に入った私はしつこく言い続けた。

 そしてついにその罰で、離島へ帰ってからもしばらくはプライアップゾーンを見つけてしまうようになった。

 この頃はもうとっくの昔に面白さの峠は越えており、ただ脳が自動的にプライアップゾーンに「気づく」のである。もはや狂気である。


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 祖父の植えたタンカンを収穫する。高すぎる位置にある実は取れない。天辺の方は鳥が食べるだろうが細枝の混みいった中などは鳥も食べられない。人も鳥も手が出せず残る空間。プライアップゾーンだ。

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 H建設の伐採に参加する。ここを終わらせれば次はT産業の山仕事に参加する。H建設はこの週で終わらせたいようだ。速度重視でいこう。私はいつも通り背負いのブロワーで仕上げだ。

 先発隊が伐採を終えた林道をブロワーで仕上げながら進む。数百メートル進むと一旦ブロワーを肩からおろす。今来た道を走って返し、車輌を取って来る。車輌から燃料缶を出しブロワーに給油する。またブロワーを背負い仕上げながら下山して行く。こうして少しづつ前進していく。

 車輌から離れすぎれば取りに戻るのに時間がかかる。しかし大して進まないのにブロワーをおろして戻って車輌を移動させて…というのも無駄だ。それら両極の間には最適な距離が存在しているはずである。そしてその点の前後4パーセント、すなわちプライアップゾーンである。

 車輌の移動。カーブの内側を極限まで攻める。外側を走る場合より僅かだが走行すべき距離が短くなる。そしてこれを繰り返すことにより燃料も時間も節約できる。この本来走っていたであろう線との差。つまりプライアップゾ

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 脱輪した。