辺境にて

南洋幻想の涯て

星系、夜の都

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 トラボルタの寮はアギナに在る。初めて来たが立派な和風の一戸建てだった。口の悪いトラボルタがボロ家と言っていたのでもっと汚いと思っていた。

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 座敷でインスタントラーメンを食べた。一回り、つまり12歳年下のトラボルタは心にオカルト女子を飼っている。早速この寮にはお爺さんとお婆さんの幽霊が出るんですとやり始めた。

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 おばあさんが座敷の隣室に居て、それを廊下にいるお爺さんがずっと見ているらしい。そしてお婆さんはお爺さんに気がついておらず、2人の視線が交わる事は無いのだそうだ。2人は夫婦かなと言うと「いえ違います」と即答した。何故わかるんだ。小学生の頃こんな女子が居たな。

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 Mさんの方は疲れてはいるようだが態度に変化がない。私より10ばかり年上の彼は、何故かいつまでも私に敬語を使って話をする。大男の印象があるが実はトラボルタと大きさは変わらない。小顔のため大男に見えるのだろうか。まあ高身長の部類だろうとは思う。やや高めぐらいだろうか。判らない。

 なにぶん私の背が低いので、世の中の男性のほとんどは見上げる形になり特段の区別がない。

 ……そんな事は兎も角、大男のMさんに、いつも丁寧だけど喧嘩なんかした事ないんですかと尋ねてみた。

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ちっちゃいから目線も低い。

 その返答を要約すると「昔、バンドをやっていた時にからまれて応戦した多数vs多数の喧嘩で『こんなことはもうしてはいけない』と思って以来しない」だった。

 これはやや凄惨な話だと直感した私は深掘りしなかった。多分キレさせてはならない人物だ。ふざけて藪に潜んでMさんの足に飛びついたり、靴を遠くに置いたりしないようにしよう。

 2人とも流石に疲れたようでそれぞれ横になってしまった。長いのがふたつ横になると邪魔だ。そして私はこんな旅館みたいなところに友達と泊まって怪談まで聞かされたので、すっかり修学旅行の気分になった。つまりハイになってきた。もっとお喋りしたい。

 往来の邪魔ふたつを縦にしようと奮戦する。しかし寝て下さいもう寝ろと団結して構ってくれない。では少し散歩に行こう、そうすれば疲れて寝るから、と提案したのだが誰も付き合ってくれない。何時だと思ってるんですかと言われたので時計を見ると3時だった。

 

1人で、または誰かと思索を巡らせながら散歩するのが好きだ。

 

 

 

 

 

実際の様子。

 

 付き合ってくれない腹いせに、トラボルタの足をつかんでお婆さんの霊前へ引きずったりMさんを玄関の方へ引きずったり、また机のラーメンを廊下に置いたりと模様替えをした。


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 なんか妖怪がいるようですねと言われただけだった。仕方なく一人で散歩に出かけた。出かける前に襖を上下逆さにし、Mさんの靴を遠くに置いた。

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初アギナ記念。

 アギナは初めてだ。離島の部落と違いとても広そうだ。適当に歩き町並みを観察する。道は京都のような碁盤の目だ。案外新しい部落なのだろうか。

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 ──夜のクニャは少しも繁華ではなかった。来て楽しかったのは間違い無いが、それ以上に後悔もしている。

 廃校から見える対岸の夜の町は賑やかで、酔った若者や客引きで賑わっている。そんな想像をしながら眺める町の灯が好きだった。

 人口を考えればそんな風景がありえないと解ってはいた。

 そして今夜、そんな対岸の夜の都なんて存在しない事が、誤魔化しようのない事実として確定してしまった。


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工事の看板がフラッシュで超光ることに気づいた記念。

 対岸の夜景をもうこれまでと同じように見る事はできないだろう。

 

 …道に迷ってしまった。

 

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道に迷った記念。

 

 ……どうにも帰れそうにない。それに飲み過ぎた。動悸がひどくなって立っていられない。少し休憩だ。冷たいアスファルトの上に仰向けに転がった。まだこんな時間なのに、外にいるのはもう私だけだ。夜の都なんてどこにも無かった。

 動悸は少しも落ち着かない。いつもの泥酔と何か違う。ちょっとだけ、このまま死ぬかもと思った。誰も通らないだろうから発見されるのは朝だろう。また、それでもいいかな、とも思った。楽しく飲んで騒いで道端で死んでしまう。最後の一日として申し分ない。……散歩に出た時から始まったしゃっくりが止まらない。苦しい。日々、昨日より楽しい一日がやってくる。細かく見れば浮き沈みはあるが、期間として見れば、いつも今が一番楽しいと感じて、またそれを更新しながら生きてきた。私は幸せだ。戻りたい過去も別に無い。案外ポジティブな性分なのかもしれない。今日も楽しかった。だから別に今夜でも良いと思った。

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死にそう記念。

 街灯が眩しいので、重くなった手を弱々しくかざして視界から隠す。本島の街灯は夜通し点いているようだ。

 

 眩しい光源を遮ったためか、幻覚だったのか、だんだんと夜の星が見え始めた。

 

 闇が星を産むようで面白かった。

 

 ──ああ、夜の都はあんな所にあったのか。

 

 星は産まれ続け、夜空を埋めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ……小雨が降り始めた。水を吸ってしぶとく蘇生した私は30分かけてどうにか寮に戻り、Mさんの靴を庭の真ん中に置いた事を忘れ眠った。

 

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生還記念。

 

 

 朝、Mさんの靴がずぶ濡れで発見された。決して怒らない大男のMさんの「これは不快指数が高いですね」と言う丁寧な一言が恐ろしかった。まだ死にとうない。