年末には久しぶりにスュリに泊まって魔王と酒を飲んだ。
その前に共に墓掃除をしたがその後、年が明けた正月の行事というものが別段ないらしい。本当は正月料理など色々あったそうだが高齢化の進んだ島人たちは、もうそこまでしないそうだ。正月まわりと言ってお互いの家に挨拶回りもしていたそうだがそれも絶え、もはやどこへも行かない。
ゆっくりしろと魔王に言われたので三賀日は私も学校に引き篭もる事にした。年末年始は食料も手に入らないので休眠に入る。年始の2日間の大半は眠って過ごした。一度に連続して12時間前後は眠る。
魔王はシビを貰っていた!私は分け前をてにいれた!
そうしているとすぐ3日目に差し掛かった。最終日は健康的に酒とゲームで過ごす事にした。まだ午前四時だったため夜明けを待ちスュリへ行く。商店は正月どこも開いていないので実家で酒をたかるのだ。
腕時計は睡眠時間やその質まで測ってくれる。
魔王に散髪を頼まれたので庭で刈り上げた。この時の雑談で、私は初めて能登半島で大きな地震が起きた事を知った。こんな寒い時に避難所で過ごしている人たちはとても気の毒に思う。
バイクで島をふらついたが左にも右にも何もない。一人の人間にさえも出会わない。
それから一緒に植物採集に出かけた。この離島では正月に開いている店も小規模なイベントすらも無いため暇で仕方がない。魔王は植物が好きで庭の池周りに島の森を再現しようとしている。私は食べられる植物以外には無関心なのでそういう事はよく解らない。まあ暇潰しにはなった。
ようやく正月が終わりドラゴンの世話をした。カタツムリが異常増殖している。林業の仕事は当分ないから畑以外には特にすることがない。消防団の出初式に出た他は静かで何もない日が続く
スュリで宴会があり、そこで来客から仕事の誘いもあったが、店の内装か何か経験のない仕事だったのであまり行く気がしない。星が綺麗だった。宴会は島の人たちとだった。魔王にもちゃんと地元の友達がいるようで安心した。島口の会話も、話すのはまだ難しいが聞く分には4割は解るようになった。
ニャーフェガマーサムンはもうちょっと美味しいという意味である。ニャーリッガは少しという意味である。集落毎にイントネーションも単語もわずかづつ違うのでそれが難しい。
一見してクイニャだと思われた方もいるかもしれないがなんとこれはカシキャである。
庭の金柑が良い色だ。そろそろ市場に出すのだろう。
トラボルタが遊ぼう遊ぼうとラインをしてくる。それがいつも夜だから私は嫌だ嫌だ早く寝ろと言う。それでも3回に1回は強引に来る。こういう所が火星人にそっくりだ。
この夜もそうして、もう廃校に着くから、なんて言って無理に来た。
彼はそうして来てもすぐに帰る。対面に座ってもいつも横を向いている。恥ずかしがって人の目を見て話さない。それで将来ヒモになるなんて言っていたので私はいつもからかう。
正月は過ぎたがどのみち離島の夜は開いている店なんて無い。だから遊びは誰かの家で飲むか釣りかハブ捕り、以上の3択だ。今夜は酒がない。前述の通りこの時間に酒を売る店もない。寒くてハブは出ないし釣りにも昨日行ったばかりだ。
する事のない時に暇を持て余した来客があると退屈はいよいよ浮き彫りになる。
お互いどうでも良い事を思いつくままに話す。その中にはすでに何度もした話も含まれている。今釣れる魚に林業の人物評、ガソリンスタンドにいる女の子、またトラボルタの心霊体験を聞いた。トラボルタはおばけが怖い。そのくせ夜釣りばかりするから枯れ尾花のからかいの標的にされている。話題も尽きたので枯れ尾花を退治しに出かける。
何度も書くが、廃校に住んでいて肝試しもないものだ。
目的地はトラボルタが異音を聞いたというガードレールだ。夜釣り中にガードレールを叩く音がしたが辺りには誰もいなかったそうだ。気のせいだろうとしか言いようがない。しかし他に何もする事がないのだから仕方がない。
ガードレール鑑賞なんて一瞬で終わってしまうので寄り道をする。まずはN家の跡地へ向かった。N家はイキョオの豪族だったそうだ。
N家の石垣。館もさぞ立派だったのだろう。
N家は別に凄惨な終わりを迎えたりもしていない。それどころか島に子孫もいる。
石垣の奥には建物がある。汲み取り屋さんがそこの窓に人の顔を見たそうだ。しかし今夜は誰もいない。トラボルタはヤバイヤバイと言っている。羨ましい限りだ。
次は幽霊アパートだ。綺麗なのに誰も住んでいないそうだ。廃墟なのに人が住んでいるよりマシだろう。入ってみますか?と言われたが裏が消防で夜勤が詰めている。私は消防団だから、侵入して声でもかけられたら恥ずかしいのでやめた。
アパートなんて島で唯一かも知れない。私は他に見た事がない。
ようやく異音ガードレールに向かう。その途中で珍しい冬のハブが出た。時々海水浴をして寄生虫を落とすのだ。ハブはそう言って海へ向かった。だが可哀想に、トラボルタに阻まれた。
尻尾を引っ張っては道の中ほどまで引きずる。ハブは怒ってトグロを巻き飛びかかる。しばらくすると海の方へ逃げ出す。トラボルタが引っ張る。伸び切っている時なら引っ張っても跳んで来れないスと言う。私はヤバイヤバイと思った。
そして問題のガードレールに着いた。それは集落の前の県道にあり、道からは以前私が珊瑚を釣り上げた桟橋が生えている。もちろん変な音などしない。私はてっきり、老朽化したガードレールが風でぐらついて音を立てるのだろうと思ったが、ガードレールは新しく、押しても僅かにも動かない。しばらく待ってみたが、ただ寒いだけだ。少し調べると言って、わざと明かりを消しトラボルタから離れる。
集落は明かり一つなく、ライトを消すと冬の星々が輝きを増す。足元もよく見える。
そして手頃な石を拾いあげガードレールに投げる。──その刹那、離れたトラボルタと目が合ったような気がした。
石は、ガードレールにぶつかり、鐘を撞いたような音を響かせた。その残響の中、トラボルタはもはや明らかに私を見ている。それでも構わず叫ぶ。おい!今の音聞いたか⁉︎オバケじゃ!トラボルタは言った。イヤ、バレバレっス。
そろそろ帰りたかったのだ。