辺境にて

南洋幻想の涯て

遠景、町の灯

 土曜の夜は依然廃校パーティだ。滝の集落のMさん、トラボルタと仕掛けを投げておいて、後は酒を飲んだり肉を焼いたりして過ごす。

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 すっかり陽が暮れた頃、投げ竿の鈴が鳴った。デッキに上る。トラボルタがアワセをして竿を私に呉れたが、私はそのままMさんに投げた。他に働く人のいる時の私はなかなか何もしない。皿に肉や釣魚が出現するのを待っているだけだ。机に戻り頬杖をついて待つ。

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 やがて何かが釣り上がったので梯子を下ろして3人で確認に向かった。今夜も潮が引いている。対岸の町の灯まで歩いて行けそうな錯覚がおきるがそれは叶わない。

 こちらの離島と対岸のクニャの町の間には深い海峡が横たわっている。それがために此岸と彼岸の間に橋が架からない。半世紀ほど昔、まだまだ人の居た頃には架橋計画もあったそうだが、現在の状況を見るに計画は頓挫したらしい。

 よくしなる木製の簡単な梯子に恐々と足をかけ、暗い砂の上に降り立つ。手にしたランタンの静かな光は此岸の闇を一層濃くする。

 彼岸の、土曜だからかいつもより賑やかに見える灯に向かって夜の浜を進む。やがて波打ち際に魚がぽつんと落ちているのが見えた。

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 魚はハーナだった。

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 ハーナはシガテラ毒がある。大きいものだと食べるのは危険だが、2kg以内ならまず大丈夫だろうと言うので食べた。

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 またしばらく飲み食いする。Mさんが桟橋で釣ろうと言い、ルアー竿を担いで梯子を降りた。今夜は潮が引いているのでデッキ下から桟橋まで地続きになっている。普段なら桟橋へは一旦校門から出て町道まで出る手間がある。また校門の辺りにはシシが溜まっており、夜はなるべく通りたくない。引き潮は沖も近くなるし良い事づくめだ。

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①校長室 ②デッキ ③桟橋

赤い斜線部分が引き潮の時に現れる浜。桟橋の左の出っ張りは海へ降りる階段。

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桟橋から。奥の灯りが校長室で、今夜は地続きになっている。モン・サン・ミシェルになぞらえるには退廃に過ぎるのでやめる。

 桟橋からはMさんがガティンを釣り上げた。3人で食べましょうと言ってそれを私に呉れた。

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 私は左手にランタン、右手に酒瓶を持っていたのでガティンは口に咥えて帰った。2人に妖怪だと言われた。

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 釣りたてのガティンはやはり美味しかった。

 

 不意にトラボルタが「3人でクニャ行きましょう」と言った。ああそのうち行きたいな、と投げやりに返事を返したのだが「じゃないス、今から!」と言う。時計を見るともう夜の10時だ。渡る船なんてとっくにない。船を貸し切るという手もあるが片道3000円もする。

 また今度行こうと言ったが、船代も飲み代も全部出すとまで言って食い下がるので付き合うことにした。パチンコで8万円も勝ったのだそうだ。

 早速トラボルタが船を貸し切るために電話をする。K丸さんという船はこんな時間でも船を出してくれるのだそうだ。だが今夜はあまりに水深が浅い。大丈夫だろうか。

 トラボルタがK丸船長に電話をしている。桟橋の所まで浅くなっているが大丈夫か訊ねている。マジで浅いスよ!と数回言っていたが不意に通話は終わった。「船長が行けると言えば行ける!」と言って切られたのだそうだ。

 それから30分ほどして船のエンジン音が聞こえて来たので、ランタンを消して戸締りをし、桟橋に移動した。

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 無関係な遠景としか思っていなかった対岸の町の灯。これから私は小さな港町の、その孤独を描いたようなあの絵画の中へ行くのだ。エンジン音が大きくなってきた。暗い海の上に突然電気の光が現れ、こちらを照らしながら迫ってくる。我らが頼れるK船長とその船K丸だ。

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 それにしてもサンガツサンチの近い今夜の海は桟橋のはるか下だ。本当に大丈夫なのだろうか。私の心配をよそに遠景世界からの迎えは轟音と共に近づいて来る。座礁したら全員で船を押すのだろうか。