辺境にて

南洋幻想の涯て

リザードマンが呉れたもの 中

 私は島民の大多数を占める「里の曙」派だが、今夜は社長の為にそれぞれ一杯だけ「れんと」を飲む。お猪口の「れんと」を呷った目に、天頂でバランスを失い傾き、落下を始めた太陽が見えた。

 


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 今夕は投げ釣りをしながら喪に服すよくばりプランだ。だが眼下に見えるのは干潮で現れた浜であり、海は遠くへ去ってしまった。

 「投げたかったが出来らんな」とトラボルタを見ると「逆にこっちの方が良いス」と返す。彼によると、干潮の方が歩いて少しでも沖に迫れる分、投げるには有利なのだそうだ。言われてみればそうである。

 早速準備にかかる。先日購入した投げ釣りセットを持ち出す。トラボルタに仕掛けを作ってもらう。自分でやらなければいつまでも覚えられないが、やってくれる人がいるとつい頼ってしまう。

 廃校のデッキから浜に降りるため木のハシゴを下ろした。測ったようにちょうど良い長さだった。だが足をかけると全体がたわみ危険を感じる。降りて波打ち際まで歩く。

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 この辺りは遠浅の砂地だ。沖合には所々岩や珊瑚があるらしく、それでもう何本も針を失った。釣り人の人気もなく、このウシキャク集落はイキャ(イカ)以外は釣れないと言う人もいる。

 波打ち際。まずはトラボルタが竿を振る。私はそのやり方を見て真似をし、振りかぶる。トラボルタが伏せる。

 最近ようやくルアーを飛ばせるようになって来たのだが、この投げ竿はあまりに長く勝手が違う。それでも投げた第一投、イキャ(イカ)の切り身の付いた飛翔体は、1m飛んだ。そして水深20cmの海底に着底した。

 …そんな所に何かいるなら自分で飛びかかった方がマシである。

 結局投げるのもトラボルタにやってもらった。何でもすぐやってくれるトラボルタが悪い。

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 糸を繰り出しながらたわむ梯子を順番にのぼり、竿を竿立てに入れる時、防波堤上の「れんと」とお猪口が目にとまった。社長に供えたものだ。

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 「タマンをお願いします!リザードマン!タマンを!」と、柏手を打って二人で祈った。タマンとはハマフエフキという高級魚の事である。そしてリザードマンとは急逝した林業社長の事である。


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 後はただ待つだけだ。トラボルタが持ってきてくれたシシ(猪)や鳥を焼き始める。彼は典型的な島の子だからか何なのか、軽口は叩くものの年上に何も仕事をさせない。

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 一方私は椅子にふんぞり返ってワインをラッパ飲みしながら、性能の悪いAIのように整合性を無視したいい加減な話をする。逆の立場なら二度と来ないだろう。


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 林業社長の話になる。社長は余命宣告をされていたのだそうだ。そう言えば幹部から聞いた事があったが冗談だと思っていた。宣告より何年も生き、働き、酒を飲んでいた。

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 やがて夜の帳が頭上を過ぎ、向こうの水平線にさしかからんと速度を増す。私が二番目に美しいと思う暮れの空。突然竿の鈴が鳴った。我々は敵襲のように話を咄嗟にやめ、椅子から跳ね起きた。トラボルタが鳴った竿に取り付く。

 「記念すべきデッキからの一匹目、釣ってみますか?」

 「そうじゃや」

 私は竿を受け取りトラボルタに言われるままに糸を巻いたり竿を立てたりする。彼は、いやおそらく経験豊かな釣り人は皆、引き方で魚の種類を絞れるらしく「初めはウツボかいチ思ったけどタマンかも!」と推測した。