辺境にて

南洋幻想の涯て

さよなら・オブ・ザ・デッド

 

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 裏口から出ると暗くてもう海は見えない。見えない海が音だけでその存在を主張する。壁伝いに左へ。構造物が複雑に入り組んでおり溝に足を取られつまずく。

 ドゥリンの宿はやけに広い。いちいち屋外に出てダンジョンを攻略しないとトイレにも行けない。帰りは出た道を辿ったつもりで表口から入った。

 

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 「なんであっちから出てそっちから戻って来たんすか?」

 トラボルタと金曜ロードショーを観ている。歪んだ椅子に座る前に業務用冷蔵庫の取っ手を引っ張る。冷気の中に肩まで突っ込んで、もう何本目か分からない酎ハイを引きずり出しプルトップを起こす。

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 「今日はマジで助かった。接客は天職っすね」

 そう言い残して今度はトラボルタが裏口から出て行った。裏口のドアを開けると冷たい強風と波のホワイトノイズが入って来る。

 お互い宿の酒を散々飲み散らかしているのでトイレが近い。

 ヤツも溝に足を取られたのかバケツを蹴っ飛ばすような音が聞こえてきた。

 

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 今夜の11名の団体客とは相性が良かった。登山サークルだったのだ。私は山師である。夕食の酒やご飯のおかわりなど聞きに宴席へ入り、山の話で会話に混じり三線を聞かせ、ハブの革を見せた。売れはしなかった。

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 やがてお客さんたちがそれぞれの部屋に帰る。それから洗い物、朝食の下拵えに配膳の下準備。ここまで終えてようやく宿の一日は終わる。そこから後は従業員の時間だ。

 

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 「よく働いたからいくらでも飲んで良いからね」

 そう店主は言い残して寝に行った。お言葉に甘えて宿の酒全部飲んでしまおう。

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 トラボルタが表口から帰ってきた。映画は終わったのかずっとCMだ。

 友だちとテレビをだらだら観る。こういうのはいつ以来だろうか。

 

 居酒屋かなめちゃん手伝いの時もそうだが、トラボルタは気安く応援を引き受けるものの人見知りで接客はできない。

 酒が入ればようやく知らない人と会話可能になるが今度は仕事にならない。

 そういう訳で接客は結局私に話が来る。私に接客能力があるかと言えば人見知りをしないという程度である。むしろ頭の回転は遅く説明下手で話術などは無い。そのくせ一言多い。

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武器を選んで出撃だ。

 トラボルタは深夜アニメにチャンネルを変えた。私はゲームは好きだがアニメは分からない。途中から観ればなお分からない。暇な私はうるさそうにされながらも話しかけ続ける。

 山賊のお頭の今日の狂ったエピソード紹介に始まり話はあちこちに飛ぶ。

 やがてトラボルタが避けているゾンビの話になった。

 

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 一昨年の6月に廃校を襲撃したゾンビが内地に帰る。ゾンビは第一印象が悪かったので初遭遇から長らく付き合いをしなかったのだが、山賊のお頭邸で度々遭遇するうちに慣れてきた。ゾンビがお頭の所に現れる理由は同じアクトク集落住民だからである。

 

 ゾンビは「アマゾンの戦士」を追いかけてこの島へ渡って来た。我が廃校へは「イザナギ」が連れてきた。もう皆んな居なくなった。

 イザナギは、私にはあんなにアプローチして来たのに集落内では心を閉ざしがちで馴染めなかった。気がつけば居なくなっていた。

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 次にアマゾンの戦士が帰って行った。帰る先はアマゾンではなく東京だった。親の介護だそうだ。

 同じ理由で「火星人」も名古屋に帰った。「蛇女」もだ。

 お頭の廃墟みたいな家へ行けばこの3名の誰かが必ずいた。そしてこの3名は犬猿の仲だった。

 妙な所のある者同士三つ巴の戦いをし、なぜかお頭が被害を受ける。見ていて退屈しなかった。廃墟みたいな家は、人の事は言えなかった。

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 東南アジアや南米、そういう所が好きな人がこの南の島にはよく移住して来る。

 彼らは離島内の大抵決まった集落に着地する。その内のひとつアクトクではお頭が誘因装置になっている。

 少し前まで私はこういった自分探しの人が好きではなかったが、お頭のおかげでアレルギーは概ね治癒した。無害である限り見ていて面白い。アマゾンの戦士などは私の雑貨店開始計画の相談に乗ってくれた。彼は去り際に「雑貨店で売りなよ」と謎の瓶とレモングラスを呉れた。

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 彼らのようなタイプはよく「原始的」「無農薬有機」など幾つか観測されている危険な言葉を唱える。すると5年内親介護率が上昇していく。そんなに大上段に構えなくて良いのに。兎に角みんな居なくなった。

 

 そんな中でゾンビは少し違った。地に足が着いていた。職にだって就いていた。彼は賢い事に先回りして介護施設にいた。南洋幻想の外側にいる人だと思った。

 度の過ぎた話し好きだった事もあって入居者には好かれていたらしい。ゾンビの方だって映画では施設などを好むから相思相愛である。

 

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 深夜アニメも終わり、明日もあるので最後の一本を飲んで寝ようという事になった。これがあと一本と続いて行くのは目に見えているが、とりあえずラスト一本づつだ。

 今夜は元々泊まるつもりはなかった。私の手伝いは夕食だけで、終われば帰ることになっていた。だが間の悪い事に宿の主人の父が入院してしまった。トイレの前で倒れているのをトラボルタが見つけ、救急車を呼んだ。

 ただでさえ忙しい中のこんなトラブルで、元々せわしない宿の主人はとうとうハチドリみたいになってしまった。放って帰るのも心配になり翌日の朝食と見送りまで手伝う事にした。


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 私はゾンビに餞別としてコインケースを作った。それには彼の暮らしたアクトク産のハブを縫い付けてある。緑色が好きだというからそのように染色した。どうもハブ革と明るい緑は相性が悪いようだがまあ良いだろう。ゾンビはとても喜んでくれた。


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 こんな美談を話しているのにトラボルタは座ったまま眠っている。

 今夜はお開きだ。寝る前にダンジョンに行っておこう。裏口から出る。

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 ドアを開けると吹き込む強い風、荒れた波の音。依然海は見えないが強風の空に幾つかの星が観測された。

 

 外へ出て行くゾンビに贈ったコインケースには、ありったけの雑貨店の名刺を入れておいた。ゾンビの感染力に望みを託して。

 

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 所でトイレ前で倒れていた宿主人の父だが、ダンジョンを抜けてトイレへ行く途中溝につまづいたらしい。