辺境にて

南洋幻想の涯て

アクトクジャングルパーク 上

 ヒンジャ髭のYちゃんがカツオを食べさせてくれると言うのでウセへ行った。

 Yちゃんの屋敷には見たことのない無精髭の男が居た。一月前にこの島へ渡って来たのだそうだ。今はイキョオのオーシャンリゾートな宿に住み込みで働いているらしい。あそこにはヒッピーの人達が集まっているので彼もそうなのだろうか。

 無精髭の人物はなんとアマゾンの標高4000mの村に住んでいたらしい。そしてこちらへ渡り、何処で噂を聞いたのか山賊のお頭とコンタクトを取りたがっていた。お頭は変わった人を呼び寄せる不思議な力があるようだ。

 次の路上焼肉の際には声をかけましょうねと約束した。そして三人でカツオを食べ歓談して帰った。

 

 それから数日後の夕方、日雇い帰り。離島へと渡る定期船でお頭と出くわした。今お頭は私とは別の所へ仕事に行っているので会うのはしばらくぶりだ。お頭に会いたいと言う標高4000mの人が居るのですが。と経緯を語った。緯度と経度の語源は経緯かも知れない。今気づいた。それは兎も角路上肉は次の土曜日に決まった。

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 話をしていて気になったのだが、白いものも混じる彼のまばらな無精髭が今日は綺麗に剃り上げられている。私の視線に気がついたのか、彼は不気味な程の照れ笑いを顔に浮かべ、こう言った。

 ハブが来たぁ。……また捕まえておいたハブに脱出、逆襲されたのだろうか。それにしては嬉しそうだ。ハブの報復ですか?と聞き返した。お頭は、じゃないじゃなぁい!春よォ!と言った

 お頭に春が来た。お頭の事を好きだと言う女性が現れたのだそうだ。定期船へ同乗していたトラボとそれはたぶん結婚詐欺ですよ。と言ったが詐欺じゃなぁい!とやはり嬉しそうにしている。また今度我々にも会わせると言う。

 

 土曜日、路上焼肉。今日は日雇い仲間の陽キャサーファーD君も来る。彼は本島の北の方に住んでいる。この南の離島には仕事以外では、つまり遊びには来た事がないそうだ。

 彼も一度アクトクの路上焼肉に参加してみたいと言っていた。だから声をかけておいたのだ。夜になれば貸切船以外にこの離島を出る手段がなくなるため、彼はお頭の屋敷に泊まる。私も、トラボも、今夜はみんな仲良くお頭の屋敷で雑魚寝だ。

 陽キャD君は四時半に東の港へ着く。トラボが迎えに行ったので彼らのアクトクへの到着に合わせて私も廃校を出発する。

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 私が先に着いた。わざわざ屋敷から少し離れた所にバイクを停める。酔漢にぶつかられバイクを倒されでもすればたまらないからだ。出迎えのビーグルをひとしきり撫で、一緒に屋敷へ向かって歩く。トラボと陽キャD君も来た。

 陽キャD君は海の前のこのバーベキュー会場をしきりに褒めた。アクトク最高ですやん。と言っている。


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 私はとりあえず肉を網に並べて焼き始める。今夜は私も泊まるので酒が飲める。乾杯をした。約束の時間に遅れてアマゾンの人も来た。アマゾンの人はこの集落に空き家を探しているそうだ。

 アマゾンでの暮らし(トレーラーハウスではない)やアクトクの事など話題は移ろい、やがて陽キャD君がバンドをやっていると言う話題になった。アマゾンの人もギターが弾けると言う。お頭が宴会には音楽だと言い、アクトクの廃校からギターを取ってきた。

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 陽キャD君とアマゾンの人が調律し、弾き始める。演奏を肴に飲むと酒はいよいよ美味い。音楽に誘われたのか、あるいは酒や肉の匂いに呼ばれたのか、気が付けば集落の人も続々入れ替わり現れ、火を囲む者は大勢になった。

 陽キャD君は即興でアクトクを讃える歌を弾き歌った。アマゾンの人はペルーかどこかの情熱的な民謡を弾いた。とても素晴らしい。私はお頭の屋敷から開封済みの焼酎を持ち出してきて、肉を切ったり焼いたり配ったりしながらそれを紙パックのまま呷る。

 呷れば酒は喉へと流れ込み、夕方の美しい空は視界を満たす。世界はここまで美しかっただろうか。

 それにしても今夜は集落の人もやけに大勢お運びだ。この謎の答えは、お頭に同行し、ギターを廃校へと取りに行ったD君から教えて貰った。ギターを音楽室から持ち出した帰路、お頭が集落の家々のインターホンを片端から鳴らし、これから演奏が有るぞと言って回ったのだそうだ。


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切る。掴む。配る。

 肉を焼いたりタンバリンを叩いたり、いつの間にか陽は沈み夜は更けていく。古老の島唄に、D君は器用にギターを合わせる。それにしてもD君のギターはすごい。即興で弾き歌う。トラボが言っていたが韻までちゃんと踏んでいたそうだ。皆で合唱などする。音楽って良いな。

 誰かが悪ふざけの気持ちを起こし、お頭と私の飲み比べを提案した。お頭はジョッキに注がれた焼酎を一気飲みした。私はそんな飲み方は到底出来ないので乗らずに降参した。お頭の空になったジョッキにまた焼酎が注がれる。お頭は、簡単!こんなの簡単!と言うなりそれをまた一気に胃に流し込む。ギターと合唱は続く。

 ……それからどれぐらいそうして過ごしただろうか。高齢の方から順に帰ったようで人数は大分減った。ふとお頭を見るとコーナーで沈んでいるボクサーの様になって座っている。何だかやばそうだったので兎に角横にしようと残った数人で廊下へ運び込んだ。

 あんな高校生みたいな飲み方をするからだ。手に持っているグラスを捥ぎ取ろうとしたが凄い力で握っていて離さない。玄関口へ横向けに寝かし時々様子を見る。仰向けになっていれば転がして横にする。

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 トラボは今夜の狂躁を指してアクトクジャングルパークと表現した。