辺境にて

南洋幻想の涯て

六畳下宿 -祭りの日-

 西陽の断末魔。その最後の光線で周囲は赤と黒とがはっきりしてくる。それは警告色だ。何から何まで保護される退屈な世界が見せた隙である。さあ、クラスのみんなより一歩先を行き、人気者になろう。昨日までとは違う自分に変身するチャンスだ。

 パンクしながらの帰島から数日後。ズグジジを瓶に入れる。また本島へ行かなければならない。今度はチェンソーの安全講習を受けるためだ。バイクと共にフェリーへ乗り込む。上を見れば青い空、下を見れば青い海。その間のフェリーの白い船体が爽やかだ。

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 前回とは打って変わって、クニャからナディまで楽しいツーリングになった。

 寮母さんに挨拶をする。今日は町の祭りの最終日だそうだ。もう要らないからと、壁に貼っていた祭りの予定表を呉れた。部屋は前回と同じだと言うので上がり込み鞄を下ろす。ズグジジをベッドサイドに置く。


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 それから畳に仰向けに寝転がり、背中の感触と匂いを愉しみながら、今もらったA4の日程表を読む。後2時間ほどで町内パレードが始まるようだ。でも、そんなに興味は無いのでちょっと観るだけで良いかな。

 時間までクーラーを効かせてうたた寝をし、出掛けた。

 外のあちこちにカラーコーンと警備員が出現しており交通規制だ。早く来ておいて良かった。

 とりあえず前回寮母さんが教えてくれたスーパーへ向かう。夕食のカップラーメンとおにぎりを買うのだ。ついでに祭りをしばらく観よう。

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 県下第2の繁華街、Y川通りを横切る。町のスピーカーから祭りの実況が放送されている。ラジオ局が司会進行をしながら放送しているようだ。パレードは今郵便局を曲がりました!だの何だの実況している。確か郵便局は近かったはずだ。スーパーは後回しにしてパレードへ向かった。

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 郵便局へ近づくほどに人が増え、進むのもままならない。まるで内地だ。傍に偶然、コンビニを見つけたのでラーメンとおにぎりと小さい焼酎を買った。店を出てさらに人だかりの濃い方へ泳ぐ。

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 はっぴを着た一団が見えてきた。そしてその頭上には、巨大なハブ(毒ヘビ)が。

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 もちろんハリボテの作り物だがなかなか良くできている。それをはっぴの一団が操って練り歩いている。いかにもこの島らしくて面白い。

 その時実況が、もう1匹の大ハブもこっちへ向かっていると伝えた。ハブは1匹では無かったらしい。やがて今来た方からもう1匹のがやってきた。両者睨み合っている。観衆の盛り上がりも最高潮である。


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 2匹のハブは同時に仕掛けた。お互いの周りをぐるぐる回っている。歓声、指笛。しばらくして後から来た方が去った。

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 そんな一幕を焼酎を飲みながら眺めた。悪くない。なかなか面白いものが観れた。来年も機会があれば観ても良いかな。人混みを避け、裏路地の近道を通って宿へ帰る。

 ところで近道と言うものはそれが通常のルートより距離や時間が短縮できてこそだ。方向の目星をつけて闇雲に直進しようとしても予期せぬ袋小路に阻まれる恐れがある。そしてその度にまた乱雑に行き止まりを迂回しようと試みれば、もうどちらへ進んでいたのかさえわからなくなる。こうなってはただの回り道だ。

 降参しマップアプリを使おうにもこの間消してしまった。容量が一杯だったのだ。写真を相当消さなければもう再インストールは出来ない。しかしこれ以上消去できる写真もアプリもない。パソコンに写真を移すつもりでついそのままにしてある。

 つまり道に迷った。

 下宿の辺りと雰囲気の似た方へ闇雲に進む。前方から何か曲がってきた。逃散した方の大ハブだ。

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 しきりに散水しながら進んで来る。リベンジだろうか。闘志に燃える彼の前に立ちはだかるわけにもいかず、路肩に逃げてやり過ごす。

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 そこに路地がある。進んでみる。また別の広い道に行き当たる。新しいパレードが横切って行く手を遮る。今度は町内会の一団らしい。


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どこへ行ってもパレードに行き当たる。

 色々なルートを試した挙句、また元いた郵便局の近くに出てしまった。


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 放送はどこまで行っても聞こえる。おそらく町の中心辺りは全てカバーしているのだろう。どんな路地へ逃げ込んでも祭りの外へは逃げられない。こうなったら持久戦だ。


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 今はあまりに人が多く、メインの道は歩くのもままならない。いっそパレードが終わって解散するまで見物してやろう。それからゆっくり帰れば良い。

 最初にラーメンを買ったコンビニにまた入り、焼酎のおかわりを買った。

 そのままコンビニ前で祭りを見物する。近くにいたおばあさんが話しかけてきた。どこから来たの?祭りの解説してあげようか?と言った。私が大きなバックパックを背負っているので観光客だと思ったらしい。K島、と答える。え?集落はどこ?と食いついた。聞けば私の住む離島K島にルーツがあるのだそうだ。今はもう家もないそうだが。

 彼女は繁華なY川通りでスナックをしているらしい。ただで飲まさせてあげるから滞在している間に一度おいでと誘われた。店名は「ゆめ」。

 考えてみれば、スナックとかそういうのには一人で入ったことがない。夜のお店デビューだ。


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 ああ、スナックですか。まあ明日、行けたら行きます。と慣れた風を何とか醸し出してはおいたが頭の中では出口付近に座ろうだの鞄は脚に挟んでおこうだの作戦を練りに練った。おばあさんは娘夫婦らしきと合流して去った。


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 コンビニ前に座って焼酎を飲む。電気、銀行、色々な会社組織が踊りながら通る。病院は2種類も通った。


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 隣に座っていたおじさんがお菓子を呉れたので話をする。おじさんは明日私が受けるチェンソー講習の会社内に友達が居るらしい。私をよろしくと電話をかけてくれた。突然電話を渡されたので代わったが、事務であり講師ではないとの事で、会うことはなさそうだ。眠いけど頑張れ、と言われ、電話は切れた。


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 次に自身の話、レスラーだったとか脳梗塞で県病院に運ばれたとかを聞いた。ほんの僅かだが、話が噛み合わない部分があると思ったが、そのせいなのだろうか。なぜ脳梗塞になったのか、彼は訥々と語り始める。

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 その日、彼は犬と夜釣りに行った。何投目かで釣り針が犬の口に掛かってしまった。それを外そうとする。そしてヘリで運ばれたそうだ。よく解らない。おそらく倒れる時のことが記憶にないのだろう。何があったかは犬に聞いてみなければ判らない。

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 彼はまたどこかに電話をかけた。しばらくして私に替わった。「相手してあげてくれてるの、ありがとうね」と知らない人から感謝された。電話の相手も迷惑そうでなかったので、この彼はとても良い人で、周囲から好かれているのだろうと思った。
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 祭りはとうに終わり、人も減ってきたのでそろそろ帰る事にした。明日の講習頑張れ。と言われたので、おっちゃんも色々な事頑張って!と返してそのグローブのような手と握手をして別れた。

 路上は交通規制も終わり、数時間前の喧騒が嘘のように真面目な顔をしている。この行き交う人ひとりひとりにも人生が有るんだな、と当たり前の事が不思議に感じられた。

 この頃には祭りの魔力も失せたようで、下宿へはあっさりと帰り着いた。

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