辺境にて

南洋幻想の涯て

あたらしいスキル

注意:この記事には魚の血の写真が有ります。

 夕食を摂っているとトラボルタから釣りの誘いが来た。彼は釣りをするもののそんなに魚は好きではないそうで、釣れた魚は基本的に呉れる。

 この間もガティン(メアジ)を5、6匹釣り内蔵まで取って呉れた。私は釣りをしないので横で酒を飲み、雑談をしながら観ているだけだ。また今夜も遊んでいるだけで食べものが手に入る。

 トラボルタが廃校傍の桟橋に着くのを校長室で待つ。眠くなってきた。やっぱり断れば良かった。

 半ば夢の中にいると桟橋到着の連絡が来た。今夜はその場で下処理をして持ち帰ろうと、バケツ、鱗落とし、まな板を持って出た。

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 桟橋でトラボと合流する。わざわざ焼酎を買ってきてくれていた。彼はたった数投で早速、銀色に光る封筒ほどの大きさの魚を釣り上げた。
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 その魚はギンガメアジと言って、そんなに美味しくないと言う。私に受取拒否をされた封筒は夜の海へと帰って行った。

 ちょっとやってみたら良いス。と言われたのでちょっとやってみる気になった私は釣竿を借りた。針にはエビのつもりだかミミズのつもりだか判らないピンクのゴム片が付いている。

 まずは投げ方を教えてもらった。リールに付いている金具を動かして糸を脱力状態にする。糸は指で押さえておき釣竿を振る、同時に指を離して錘付きの未来の海洋ゴミを海へと飛ばす。着水したらまたリールの金具を動かして糸を緩みにくい状態に戻し、後は魚の食いつくのを祈りながらゆっくりと糸を巻いていく。

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桟橋鳥瞰図。左下の水色が私である。

 早速、向こうに見える我が廃校へ目掛け、これから南洋の釣魚史を塗り替えて行くであろう伝説の第一投を繰り出した。

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学校の方へ投げた。

 糸が繰り出され、リールが気味の良い音をたてながら回転する。そして着水音…は何故か後ろから聞こえた。振り返ると糸は背後の舟の横へと延びている。

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 トラボルタの評は、器用スね。だった。言いつつ彼はガティンを釣った。手で締め、鰓など引き出す方法を教えてくれようとしたが、何と私は魚を触る事が出来なかった。トラボルタには、自分で釣った時に教えてもらうからいい、と妙な言い訳をしておいた。

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 それからも諦めずに何度も釣竿を振り回した。しかし見ている分には簡単そうだったのに、針はなかなか前には飛ばない。5回に1度ぐらいは良い感じで飛んでいくのだが、ほとんどの場合、すぐ足元の海へ叩き込んだり後ろへ飛んだりする。誰もいなくて良かった。

 また、たまに真っ直ぐ飛んでもアタリは全くない。今ヤツが釣ったのが世界最後の一匹だったのでは無いか、など余計な事を考えている間にも、敵はちょくちょくガティンを釣り上げる。嫌になって焼酎を飲み始めた私を見たトラボルタは、沖に投げた方が釣れますよと言った。

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 そこで桟橋の先端へ行き、沖の方、遠くに見えるクニャの港町の夜景目掛けて釣竿を振った。しかしやればやる程下手になり、針は防波堤を襲い、終いに私の脚に刺さる。

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 遂にトラボルタも恐怖を感じ始めたようで、私が釣竿を振りかぶるたびに伏せるようになった。

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 それでも時々は間違って沖の方へと飛んで行く。そして奇跡が起きた。何と魚が掛かったのだ。大喜びで釣り上げると糸の先に居たのは、あまり美味しくないというギンガメアジだった。ガティンが良かったのだが折角の釣魚一号だから記念に食べる事にした。

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 今度は鰭などが刺さるのを覚悟で喉を引きちぎり、鰓を毟った。それから鋏で腹を開き、内臓と血合いも取り、バケツへ放り込んだ。やって見ると難しくは無かった。

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  桟橋は22時に消灯する。だから間もなく解散だ。今の所私の釣ったのはたった1匹だ。しかし私でも釣りをし、さばく事が出来た。それは大きな一歩だ。

 何らかの手段で魚を得て食費の助けにしようと考えていた私は、今夜をもって釣りを始める事にした。

 とは言え釣り道具にお金をかけ過ぎると本末転倒なので、目下、廃校傍の桟橋からアジを専門に釣る事に決めた。最低限の道具に絞れば少ない初期投資で済むだろう。そして月に2度ほど糸を垂れ、5日分程度夕食のおかずを得られればそれなりに食費は助かる。まずはそれを目標にする。

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 消灯までにせめてもう1匹、と思うと同時に辺りは真っ暗になった。真っ暗になったので星が綺麗だ。

 人のほとんど居ない地上より空の方が賑やかなようだ。天の川に、先程私が命を奪ったギンガメアジが泳いでいるのが見える。

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