辺境にて

南洋幻想の涯て

仮面の人々

 私の住む廃校から東へ東へと向かう。するとへ着く。そこから今度は南へ一山越えると左手に神社が現れる。

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 この神社には古い村芝居が伝わっている。それは昔々、平X Xが遥か壇ノ浦からこの集落まで落ち延び、土地の人々との交流の中で教えたものだとされている。演目の一つに、須磨での平家武将の討死を悲しむ平家一門、というものもある。

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 長い歳月で幾つもの演目が忘れさられ、往時より随分とその数を減らしたそうだ。だが、今なお伝わる11の演目は、この神社の祭りで披露される。

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 私はこの村芝居を観てみたかったのだがこれまで良い機会が無かった。しかし今私はこの離島に住んでいるのだ。折角だ、観に行こう。祭りは旧暦の9月9日に行われる。今年だとその日は平日にあたる。

 日雇いは休む。日雇い仲間のアギナの人に、仕事と芝居とどっちが大事なのかと聞かれた。芝居。と答えると、じゃあ仕方がないな、と言われた。芝居が見たいのだ。仕方がない。

 

 当日、神社。車がたくさん停まっていて警備員まで一人立っている。警備員といえば以前私が警備員の幽霊?を見たのも、アクトクからこの神社の三叉路へと至る途中だった。

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 それは兎も角、集落の小さな神社だから駐車場なんてものは無い。車は路肩に列をなして停められている。違法駐車の様に見えるが、今日は特別に許可されているのだろう。

 まあ元から人口密度の希薄な島だから駐車場所と言う概念が大して無い。皆道端に有用な野草などを見つけると恣に駐車して採取する。夜道にハブなど見つけようものなら急ブレーキをかけて車から飛び出してくる。捕まえれば役場が買い取るためだ。

 なお一旦停止とシートベルトには厳しい。

 警備員から特に指示がなかったので神社から少し離れた草地にバイクを停めた。

 鳥居をくぐり、祭りの受付に並び、3000円寄付をした。私は本当は母方の姓なのだが、この離島では通りの良い父方の姓を名乗っている。寄付金の入った封筒にも父方の姓を書いておいた。寄付と引き換えに感謝の言葉と弁当とお茶を受け取る。

 境内は大変な人出だ。この離島でこんなに人間がひしめき合っているのを見るのは初めてだ。観光バスまで使い人間を輸入している。

 ブルーシートの最前数列はシルバーシートになっているのでその後ろに陣取る。椅子などは無いので遠足の様にシートの上に直に座り、はじまりを待つ。

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 弁当を食べたかったのだが、周囲の誰も蓋すら開けていない。仕方がない。弁当に何の興味も無いふりをして澄まして待つ。

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 祭りが始まる。

 

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 まずは土俵開きだ。神様に何事か宣言なり奉じるなりしている様子だ。それから区長や町長のあいさつがある。空腹だったのでその間に弁当をさっさと平らげる。こういうおめでた弁当は、餅や赤飯が幅をきかせており肉類は少ない。

 やがて写真でしか見たことのない紙の面の「翁」が現れる。私は感動した。

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 翁と別の紙の面との寸劇があり、やがて翁は開催を宣じた。この翁が古来から司会を務めている。しかし800年前の司会の職務は今よりシンプルであったらしい。幕間に現れては次の演目の題を重々しく告げるばかりである。

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 だから来場者への注意事項や演目の細かい解説などは、現代の司会進行役が担当する。

 最初は小学生の相撲やエイサーなどが披露された。相撲は時々わざと負ける子供がいる。初めは照れてふざけているだけだと思っていたが、別の出番では同じ子供が一所懸命ぶつかっていた。豊作祈願だろう。勝つ方が決められている取り組みがあるのだ。

 我らが平X X様来島800年記念に子孫の作った歌、というのが流された。我らが平X X様、という言い回しが面白い。この集落で相当敬愛されているようだ。どんな人物だったのだろうかとウィキペディアを見る。壇ノ浦で死没したと書かれている。さすがここはかげろうの島だ。まさかの並行世界か何かだった。

 

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突如現れ観客席まで荒らし回るシシ。
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猟師が退治に向かう。結構普通に蹴る。
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敢え無く敗れ、運ばれていくシシ。

 

 他にも吉田兼好を歌った演目や、中国の堯、舜の時代のお話の人形劇があったりレパートリーは幅広い。歌詞、踊り共に意味は不明、という演目まである。

 

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 人形劇。古代中国の放蕩者。何故か日の丸の扇を持っている。謎のモンスターに食われる。


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 謎のパペットモンスター。周囲の藪を舞台装置に使っているのが面白い。途中でかなり空中高くまで伸び上がる。腕の長い人がいたものだ。

 

 芝居の最後はこれまでに出演した紙の面達が自らを花で飾り、華やかに踊る。

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 そしていよいよ祭りの最後、演者や関係者達が土俵の周りを踊りながら回る。そのうち司会が観客にも参加を促した。

 ノリの良い10名ほどが立ち上がり、と思いきや、なんとブルーシートで観ていた過半数が立ち上がり、踊りながら土俵を回る一団に加わっていった。座りきれず周辺で立ち見をしていた観客達も続々吸い込まれていく。


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カメラマンも撮影そっちのけで踊る。

 呆気に取られた私は参加する機を完全に失し、もはや少数派になった「座っている方」として狂躁のイワシトルネードを見上げていた。

 

 眼前で踊り回る集団の高揚した様子を見上げている。段々と非現実の世界に引き込まれていく。

 

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 今この境内には、壇ノ浦で死ななかった平X Xや落人達が居て、その彼らとは祭りの楽しみを通じて繋がっている。

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 あの紙の面の下には、この集落に芝居を伝えた彼らの顔があるかも知れない。

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 仮面により誰だかわからないからこそ、800年前の「彼ら」である可能性も、現在の青年団である可能性も、その仮面をはずす時まで等しく保留されている。

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 そうして仮面の匿名性がもたらす余地や、そこを入り口として幻出する非日常に思いを巡らせているうち気が付く事があり、急速に我に返った。

 

 

 


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 私は普段から鬼やらスマイルやらの仮面に囲まれているのだった。