辺境にて

南洋幻想の涯て

六畳下宿 -終末、公園で-

 ノスタルジーが題材になる時、埃っぽい夕方が選ばれがちなのは何故だろうか。学校の管理下と保護者の管理下とのあわいの、自分たちの領分だったからだろうか。登校と下校はほぼ同じ道を行くのに、思い出に残っているのは大抵下校の方だ。

 集落内はもとより島中でシシが増えて方々を荒らし回っている。猟師のいないウシキャク集落では昼間でも堂々と出没し、廃屋に住んで畑に出たり学校へ来たりと人間のように振る舞っている。

f:id:Chitala:20240820155527j:image

 私は以前より、区長をはじめとした色々な人から、猟師の資格を取得してこれらを駆除しないかと言われ続けていた。だからこの夏、罠猟師になることにした。シシ食べたいし。

 猟師になるためには試験に合格しなければならない。しかし飛び込みで受けても合格するはずがないので、試験前日の講習とセットで申し込んだ。講習は本島の首都ナディで朝9時からだ。この離島から出発していては、一番早い船でも間に合わない。だから前日から本島側に宿泊する必要がある。

f:id:Chitala:20240820155658j:image

 雨の昼前、西の港を目指して出発する。ペットのズグジジも一緒だ。連れて行かなければ餌をやる人がいない。瓶に移し、バイクのサドルバッグに入れる。かなり騒音だろうが我慢して貰う。ズグジジとはこうやって斑鳩から共に旅をしてきた。

 

 海上だけはなぜか蒼天だった。乗り合わせた顔見知りと、こっちは降ったこっちは降らない、いや同じ方角なのにそんな馬鹿な筈はないと応酬をした。

 本島の南端クニャに着き、フェリーを降りる。信号を2度曲がれば後はもうずっと真っ直ぐだ。北へ北へ。また降ってきた。久しぶりにたくさんの車の中を走る。皆結構飛ばしている。路面も濡れているので少し怖い。指示器も出さずに曲がった車をギリギリで回避する。顔に当たる雨滴が痛い。ひどい天気で景色も何もあったものではない。

 2時間に満たないツーリングだったが、楽しくなかったのでもっと長く感じた。宿はこの辺りだろう。ようやく雨が止んだ。部分的に青空も見える。予約よりかなり早く到着したので、そのまま市街地を抜けて、口直しに走ってみる。町のすぐ背後はもう山だった。


f:id:Chitala:20240820204751j:image

f:id:Chitala:20240820204747j:image

f:id:Chitala:20240820204754j:image

 クニャから北へ行けばもっと都会になると思っていたのに、本島には結局そんなもの無いらしい。

 山は舗装されて走りやすかった。そのまま走る。やがて三叉路に行き当たった。

 

 ←原生林 A公園→

 

 と立て札がある。立て札のない3つ目の道へ進んでみる。しばらく走ると今来たのに似た市街地に戻った。下山道だったらしい。民家の前に唐突に貝塚と、その説明の看板が現れた。これまで見たことがないぐらい貝が積み上がっている。古代人の本気を見た。

f:id:Chitala:20240815155446j:image

 市街地を走っても面白くないのでまた山の三叉路まで戻る。今度は公園の方へ向かう。また雨が降り出した。東屋で雨をしのごう。

 

f:id:Chitala:20240820160147j:image

 公園の駐車場はかなり広かった。車が一台も停まっていないためその印象は更に強化される。そしてここは高台であり、駐車場の向こうに曇天と山腹が一望でき、それがために空間のだだっ広さは更に更に強調される。晴れていれば良い景色だった筈だ。

 駐車場隣接の、やけに大きな公衆トイレのその軒下へ逃げ込んだ。逃げ込んだと同時に雨が止んだ。馬鹿にしている。

 公衆トイレには管理棟が併設されていた。いや、管理棟の併設が公衆トイレなのだろう。しかし管理棟があるなんて、駐車場だけでなく公園自体が相当広いらしい。管理棟の窓を覗き込む。書類の散らかった事務机が見えたが電気は消えており、管理人は不在のようだ。もうずっとそうなのかもしれない。

f:id:Chitala:20240820160229j:image

 折角雨が止んだので公園を散歩してみる事にした。駐車場を出て公園に入る。左手に中央の大通りらしき道がずっと遠くまで伸びている。予想通りこの公園は相当広い。そして予想外なのはその並木道の様子だ。全然手入れがされていないようで荒れている。そして人がたったの1人も見当たらない。もしかして廃園なのだろうか。廃墟マニアの私は歓喜した。思いがけない場所を見つけた。

 大通りを円形の広場まで長々と歩く。そして円形広場からはまたあちこちに道が伸びている。所々にバスタブが置いてあり謎である。


f:id:Chitala:20240820205333j:image

f:id:Chitala:20240820205338j:image

 今来た方を振り返ると遠くに謎の構造物が首を出している。煙突でもないようだ。何だろう。

f:id:Chitala:20240820205619j:image

 バスタブ広場を後にして大通りを戻る。構造物に近づいた所で立て札が現れた。「慰霊塔」と書いてある。あれは慰霊塔らしい。

f:id:Chitala:20240820205656j:image

 立札の指す方向へ向かう。毒ヘビの好みそうな草むらを慎重に進み、長い階段を登る。

f:id:Chitala:20240820205753j:image

 上り切ると視界がひらけた。小さな広場になっている。そこに、慰霊塔は静かにそびえていた。

f:id:Chitala:20240822071416j:image

 近くで見ると結構大きい。見上げながら半周すると祭壇があった。慰霊碑の根元の石段に腰掛けてしばらく休む。慰霊碑を見上げる。大きい。

f:id:Chitala:20240822071527j:image

 辺りは人の気配はおろか鳥獣の息遣いさえない。だがおごそかというには少し温かい感じもする。

 

 しばらくそうしていると雨に濡れて冷えた身体がまた暖まってきた。立ち上がって駐車場に戻る。ようやく夕方だ。

 さっきは無人だった駐車場に一台だけ車が停まっていた。中で人が眠っているようで、ハンドルの上に作業服の両足が載っていた。管理人だろうか。警告のステッカーがベタベタ貼ってある。

f:id:Chitala:20240822072354j:image

 なんだか異様な世界だ。また降り出さないうちに出発しよう。