辺境にて

南洋幻想の涯て

真夏のひとひ 下

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 区長から、そういやあんた集落作業後に泳ぐと言ってたが泳いだんか?と聞かれた。

 ──朝の集落作業中、終わったら海に飛び込む、と、私は区長に言ったのだ。またその時、 前回一緒に泳いだ集落の少年が来ていないことに気がついた。

 そして作業後。服のまま海に入ろうとする寸前、海からまた少年が思い出され、さらに冷蔵庫のシシ肉の事も連想された。少年は島に住んでいながらまだシシを食べた事がないと言っていた。今度手に入ったらあげると約束していたのだ。

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 海に入る前に持って行ってやろう。昼食に食べれば良い。家を訪ねると少年は寝ていた。てっきり勉強が忙しいか何かで来なかったのだろうと思っていた。少年の父にこれを2人で食べて下さいと渡した。少年父はお礼を言わせるため少年を起こした。

 今日は休み?泳ぐ?と少年は眠そうに聞いた。少年は父と共に、14時の船で祭りを観に渡るそうなので、12時前までの3時間ほど一緒に泳ぐ事にした。じゃあ廃校のデッキで待ってるから準備しておいでと別れ、一旦帰る。

 廃校の校門に差し掛かる時、20人ほどの見知らぬ子どもが登校していくのに遭遇した。何事だ。話をすると、彼らは福岡から来たという。何かレクリエーションみたいな物で来たらしい。

 少年が来たのでデッキの階段を降り海へ入る。以前時間切れで引き返した探索の続きをする。サボテンを見つけた辺りで終わっていた続きだ。

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 方向音痴の私の計算によれば、校長室のデッキから左に見える岬を回るとヌンミュラの特攻艇まで行けるはずだ。

 島には水着というものがないので、海に入るのに特別な準備というものはない。もちろんスマホやノコギリなんかはデッキに置いておく。少年も普通の服で来た。

 

 少年とデッキの階段を降り、陸地に沿って泳いで行く。サボテンを超えてさらに進む。サボテンは、初めて見た時はもっとウチワサボテンそのものだったのに、改めて見るとそれほどサボテンらしくはなかった。いい加減なものだ。

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 カキかカメノテで足を切り、岬を目指して進んで行く。靴を履いて来ればよかった。陸地沿いを行くと海はどこまでも浅く背が立つ程だ。急成長し私と背の変わらない少年ももちろん背が立つ。

 陸の急斜面から被さった枝がトンネルのようになっている。身をかがめてくぐって行く。この半身が水に浸かったまま進んでいくのが、いつか観た古いベトナム戦争映画のワンシーンに似ている。

 ついに岬を回った。

 しかしそこに特攻艇の赤い海は無く、遠くに次の岬が見えるだけだ。

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 遥かクニャの方へフェリーが進んで行くのが見える。

 ふと遠い廃校を振り返ると、我がデッキの上に先程の子ども達が登っており、シーカヤックを次々投げ落としている。「城を留守にしている間に攻め込まれた!戻るぞ!」と言って急いで戻った。少年も、黙って使うなんて最低だと憤っている。

 まあ断らずに使うのも勿論よくない事だが、問題はデッキから海に下ろしている階段にある。この間、アクトクで家を壊していたので使えそうな木材などをもらいに行った。

 その時に重厚な木の階段を拾ったのだ。行くのが遅かったので質の良いものはあらかた持ち去られていたが、この階段だけは重すぎたのか瓦礫の角に残っていた。それをアマゾンの人に手伝ってもらい、廃校へ持ってきたのだ。

 とても良い拾い物をしたのだが、この階段には重い以外にもう一つ問題があった。なぜかあちこちに釘が飛び出ていて悪意に満ちている。

 勿論抜けるものは抜いたが、中で曲がっているものなど抜け難い一部は抜かずに打ち込んでおいた。それが足をかぎ裂きにする。無断使用は構わないが、子どもが怪我をしたどうしてくれると言われては困る。早く伝えないと最悪デッキごと撤去命令だ。

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 だが首まで海水に浸かっているので、遅々として進まない。泳いだ方が速いので、疲れるまで泳ぎ、少し歩きを繰り返してノロノロ進んだ。遠くまで来すぎた。ゾロゾロと階段を降りる子どもたちが遠くに見えていながらそこまで行けない。焦れば焦るほど水は粘性を増し前に進まない。いつか見た古い悪夢のワンシーンに似ている。


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悪夢といえば、昔いた移住者が放棄した変な果物のありかを教えてもらった。臀部とか言う名で、甘みのない梨みたいな味。

 ほとんどのカヤックが投下された頃にようやくデッキにたどり着いた。庭のバーベキュー台に引率の先生らしき人物が居た。彼は、庭やデッキを勝手に使ったので文句を言われると思ったようで、電話をかけたのだが繋がらなかったと決まり悪そうに言った。

 一体どこにかけたのか疑問は残るが、息があがってたくさんは話せない。そうではなく、階段の、あちこちから、サビ釘が飛び出ていて、危ないから、気をつけて、下さい。とやっと伝えた。

 廃校のデッキ前には数名の大人とたくさんの子どもが、20艘ほどのカヤックに分譲して浮かんでいる。少年も追いついて来た。

 彼らは子どもたちを自然と触れ合わせるNPO法人なのだそうだ。校舎の教室の一つにシーカヤックが積み上げてあるのは知っていたが、こんな形で持ち主に出会うとは思わなかった。

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 ダメ元で、シーカヤックを一艘貸して下さいとお願いしたところ、快く承諾してくれた。私も少年もシーカヤックラソンの補給基地ばかりしてカヤック自体には乗った事がない。

 引率の先生が我々のためにもう一艘教室から出してくれた。デッキから落とし、2人で乗り込む。ついでに釣り竿も持って行った。

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 NPOたちは、少しの練習の後右の方へ漕ぎ出し始めたので、我々は遠慮して中央の方へ進んだ。遠くから引率の先生が、私が前に座りすぎていると教えてくれた。

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ちょっと練習。

 私は船漕ぎ自体は短艇や、去年も珊瑚垣の島で競争に参加していたので初めてではない。前に座った少年と息を合わせて漕ぎ始める。少年もすぐにコツをつかんだので、右を並走する集団を追い越そうと一気に漕いだ。

 先頭集団に追いついたのに気を良くした少年が、来年シーカヤックラソンに2人で出たらいい線いくんじゃない?と言った。

 それから、先ほど断念した岬の向こうのさらに向こうを見に行ったが地形は続いており、どうやら特攻艇はまだ離れているようだった。

 それにしてもさっきあんなに時間をかけて泳いで行った所まであっという間だった。便利なものだ。デッキに一艘準備しておいてもいいな。台風の時に上げることを考えれば軽量である必要があるだろう。

 沖の、深く真っ青な海に手を浸したり、少年は飛び込んで泳ぎ回ったりした。私だから魚は釣れなかった。

 少年は、絵日記のいいネタができたと喜んでいた。

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 めでたしめでたし。

 

 

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帰校後に地図を見てみる。もう少しといえばもう少しだった。