辺境にて

南洋幻想の涯て

学校の妖怪

 裏返し終わった床板を磨く為の最終兵器電気やすりが届いた。これで膠着した床板戦争に一気に終止符を打てる。

 


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こんな世界の果てみたいなところの廃校内、校舎の脇の赤い郵便函という闇取引みたいな指定場所でもアマゾンは送ってくる。そしてクロネコは遂行する。一回電話は来たけど。

 

 今日の日直のしごと、午前中で床板研磨を終わらせ、可能ならば塗装まで終わらせる事。

 

 午後からは来客があるのでスュリの屋敷に行かなければならない。だから今日は午前しか作業はできない。研磨を早急終わらせ、できれば塗装まで漕ぎ着けたい。

 ところで私の宴会での役割は今も昔も子守りだ。まあ酔っ払いの相手よりは余程良い。そして今日は約十年前屋敷の庭で子守りをした子がその母と共にわざわざ会いに来てくれる。とても楽しみだ。

 

 …しかし新兵器如きで降伏するようなイージーフローリングでは無かった。いや引っ張りすぎじゃないですか?もういい加減床は終わりにして襖改修にかかり、荷物も運び込まなくてはならないのだがイージーフローリングはあくまで戦い続ける。何が彼らを駆り立てるのか。しつこい。

 

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原作の連載に追い付いてしまったアニメの様に話を引っ張る床。

 

 磨き始めるまで気が付かなかったが鉋がけも何もしていない毛羽立った裏面には杢に沿った複雑な凹凸があった。

 

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急に新しい設定を出してきて話数を稼ぐ床。

 

 手でなぞると高低差がよくわかる。そして線状の山部分が硬い。面で仕上げ程度に磨く電気やすりの出力では、目の荒いやすりに替えたところで毛羽立ちの目立つ谷部分に到達できない。角度をつけてみたりと試行錯誤したのだが、結局新兵器から外した紙やすりを手に持ち、指の感覚で溝に沿って擦っていくのが一番早い事がわかった。

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 しかし谷の毛羽立ちの抵抗も強固で、力を込めて何度も擦っても少しずつしか綺麗にならない。塗装までどころか2時間かけて3列終わらせただけで昼になってしまった。出がけに数えたがまだ21列もある。つまり後14時間も床を磨かなければならない。 再び長い旅が始まる…。

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 そんな事を考えながらスュリに着くと、十年前庭で遊んであげた子供が今は女子大生になっていた。普通ならここでスマートに話題を振って楽しい晩餐を共に過ごすのが大人というものだがもう私にはフローリングしか頭にない。

 いきなり床の話題から始め床がアカイアカイと言い、床の写真を見せ、そんなに赤く無いんじゃない?と言われればムキになってアカイアカイと言う。これではいけないと違う話をするのだが、ふと油断した拍子に床にハードランディングしてしまう。もう狂気しかない。

 

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アカイアカイ。

 

 やがて彼女たちを見送った私はすぐにバイクに跨り仇敵の待つ夕暮れの川中島へと急いだ。泊まりがけで施工を進めるためだ。

 

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アカイアカイ。ヨンデイル。

 

 廃校着と同時に日が落ちた。作業をしている二部屋しか灯りのないまま作業に着手する。部屋を一歩出れば真っ暗だ。一列終わらせるたび息が上がり指が痛み休憩をとる。作業に戻る。段々と休憩時間の方が長くなる。汗が冷えて寒いのでストーブを点けた。

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 また気力を振り絞って一列かかり、廊下へ出したソファに戻る。ふと気がついたが木材や塗料、古新聞などの可燃物が所狭しと置いてあり、しかも木屑が舞っているような所でストーブを焚くのは自殺行為ではないか。慌ててストーブを消した。休憩をする。冷える。サムイサムイ。

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 焼酎で暖をとることにした。冬の舞鶴、元遊郭の隙間だらけの建物にいた頃も布団が無かったからコートを着てウォッカで暖をとって眠っていた。その当時と比べれば南洋にいるぶんマシである。

 12時。全体の四割ほどしか終わらなかったが今夜はもう眠ることにした。廃校初めての夜は廊下のソファに寝袋で眠る事になった。波の音が耳に心地良い。

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 …4時。寒さで目が覚めたのでまた作業を再開した。妖怪床磨きの朝は早い。