辺境にて

南洋幻想の涯て

皮算用の狂気

 台風の影響は1日だけだった。その引き篭もった1日でネット上の雑貨店について真面目に考えた。

 まず始めに「ネットショップ 開設」のワードで検索をした。色々と出てくる。上の方のはスポンサーと書いてある。ネットショップ開設オススメ◯選!なんていうのもずらずらと出ているが、こちらも紹介して成約すれば幾らみたいな世界だろう。客観的と思える批評を探すだけで1日が終わりそうだ。こういう似たようなたくさんの中からひとつを選ぶのは大変である。だから上から順に見て直感で決める事にした。

 検索にヒットした1番上は本格的な企業向けのようだからやめた。次に2番目を見る。個人向けのようだ。私のように、商品がある時だけちょっと売るやり方にも対応しているとある。じゃあこれで良いや。

 アカウントを作りかける。しかしここで手が止まった。商品が何も無い事に気が付いたのだ。商品が無いのに雑貨屋を名乗るなんて禅問答の世界だ。狂気の沙汰だ。まずは仕入れだ。

 

 この間遺品整理で貰ったものの、使い道を見出せない食器があるからそれを出そう。平成初期を思い出させるレトロなクリアカラーの…取り皿?を拾ったのだ。

 ……?

 ここで疑問が生じた。この懐かしいようなオレンジのクリアカラーの物体は素直に見れば灰皿の形状をしている。

 拾った時は食器だと疑いもしなかったが、改めて考えると灰皿の可能性が出てきた。

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 これひとつを机に置くと灰皿だ。

 だが問題は同じ物が4つある事だ。1つの家庭に同じ灰皿ばかり4つもあるものだろうか。私は喫煙をしないので灰皿を構成する決定的な要素が判らない。コイントスの結果灰皿に決まった。

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 そういえばこれは遺品だ。明記しておかなければそういう物を嫌がる人もいるかも知れない。「遺品 ガラスの灰皿」いや、これでは美品と読み違えられてクレームになるおそれがある。商品説明にも記載すべきだろう。

 こうしてみると、個人売買アプリの商品には案外遺品が紛れ込んでいるものかも知れない。一々書く必要はないのだろうが、とりあえず私は来歴まで明記するようにしよう。重機で埋められる筈だった灰皿の

 ──しかし本当に灰皿だろうか?

第二の人生第一歩だ。堂々と送り出してやろう。

 ──灰皿ならタバコを引っ掛けるための

 この取り皿を、栄えある商品第一号にした。

 

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 それから息抜きに三線の練習をしたり妹に作成を頼まれた机の設計図を描いたりした。……これも売れそうだ。

 そして貝や流木、台風の後は特に流木が漂着する。珍しい物も有るかも知れない。海岸も散歩してみよう。

 こうして有意義な活動をしていると5時になった。退屈すぎて夕食だけを楽しみにしていたので、直ちに作って平らげた。片付けをしてシャワーを浴びると睡魔に襲われる。もう6時過ぎだ。

 雨や台風の日は堂々と引き篭もっていられる貴重な日だ。今までは酒を飲んでゲームをするか、連続睡眠時間の自己記録に挑戦するだけだった。

 だが今日は真面目に半日もの間灰皿ビジネスについて考え抜いた。これまでとは違う。まあ今日はもう寝るが、残りの問題も全て明日解決だ。まだアカウントすらできていないがいずれ時間の問題だ。もう今日は良いだろう。眠い。今日はよく頑張った。台風だからどうせ明日も休みだ。残りは明日でも大丈夫だ。

 うとうとしながら明日の成功について考えた。この台風の数日で練り上げる「辺境雑貨店」は基本的に元手がかからないから小売業界に旋風を起こし、ゴーストライターに書かせたそれっぽい本は、意識高い系ビジネスマン必携の書となるであろう。アクセサリーとして。

 

 だが台風の影響は1日だけだった。頭脳労働はお預けだ。「遺品 使い込まれた手斧」を魔王から受け取ってウギシ(サトウキビ刈り)のバイトへ向かう。研いでもらっていたのだ。ああ、斧は売るつもりはないので商品名など不要だった。

 預けたついでにグリップに滑り止めの溝と、目立つ赤い塗装もしてもらった。塗装ははみ出て刃の部分にまで付着している。

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 使いやすくなった手斧を奮い、半日のバイトに励む。励むかたわら考え事もする。「辺境雑貨店」なんて名前は咄嗟に考えただけだから、もちろんちゃんと考え直そう。しかししっくり来てしまって他の案が浮かばない。

 

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 ウギシを終え、ハンモックで昼寝をし、午後は自分のタンカンの芽かきをした。全体としては順調に育っている。満足して屋敷に戻る。

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三本主枝を目指そう。

 ニギウルムを貰ったから3枚におろして、と魔王に頼まれた。ニギウルムのたくさん入った袋を受け取って海際に移動する。我がシングルコアの脳髄は、一度商品の仕入れとインプットすると終日そればかりに支配される。

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 「美品 ニギウルムの中落ち」の臭いを嗅ぎつけたベンガル嬢が現れた。自らのシャコ貝皿の前で分け前を要求する。

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 食べやすいようにニギウルムの骨を叩いて細かくして皿に投げてやる。300円になります。
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 少し離れて烏が私を見ている。猫ばかり贔屓するのも良くないので内臓を少し投げてやる。300円になります。受け取って飛んでいく。それにしても美しい羽根だ。

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 ニギウルムを捌いていく。ベンガル嬢のシャコ貝皿に中落ちを投げる。ここに置いてある彼女の皿の、もう片面は廃校で来客用の灰皿になっている。

 皿だの灰皿だの、多様性の時代にそんな事は考えてはならないのかもしれない。疲労を覚え足下に視線を落とす。

 

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 ベンガル嬢は無心にニギウルムを貪っている。それにしても良い毛並みだ。この辺では珍しい柄だ……。

 「希少