辺境にて

南洋幻想の涯て

ロードムービー 上

 島でロケをしていたというホラー映画を観るため一泊二日の旅に出た。

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 その数日前の夜。

 廃校横の桟橋で夜釣りをしているから来て下さいと生意気イケメンのHからLINEが来たので酒を持って出た。街灯の下で回し飲みをすると学生の頃のような気持ちになり甘酸っぱい。Hが酒瓶に口をつけずに飲むので少し傷つく。

 Hの手慣れたルアー捌きを眺めながら数日後に行く映画館の場所を訊く。もちろんこの離島にそんなものは無く本島側の首都(と私が呼んでいる)ナディ市まで行かなければならない。

 私は大人になってから映画館へは二度しか行っていない。観ているだけの映画より自分で操作ができるゲームの方が好きだ。

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Hは髭の剃り跡もすね毛も濃い。

 

 しかしこの辺境へ来て一年と少し、酷い自然の中で木を切り草を刈り猪を焼き魚を焼き野草を食べ作物を枯らしていると、偶には文化的な振る舞いをしてみたくなった。

 そうだ、ただ映画を観に行くのではない。これは私がまだ海の遥か向こう、地下から空中へまで及ぶ都市、煌めくビル群の夜景、そういった元の世界と繋がっており「都市の市民権」を未だ所有している事を証明しに往くのだ。瓶に残ったワインを一気にあおった。我万難を排し必ずや映画館に至りて映画視聴せん。

 

 首都ナディ市までの移動手段が必要だからフェリーでバイクごと渡ろう。この離島から本島へ渡った港町クニャからまだ一時間半近く走らなければならない。フェリーの最終便の17:30までに戻ってこられなければアウトだ。離島に帰れなくなる。時間には気をつけて行動しよう。折角渡るのだからできれば食料品も買い込んで帰りたい。


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 暗闇に何度もルアーを投げつつ、Hは私の観るべきホラー映画の上映時間を調べてくれた。15:30〜17:19だ。え?

 いきなり帰れない事が確定した。もう午前の部のドラえもんでも良いかな…。でもさっき島でロケしたやつ観るって言ってしまったしな…。しかし映画一本観るだけでホテルまでとりたくない。そうだ野宿しよう。都会ではキャンプブームだそうだ。つまりこれは文明開花的振る舞いだ。

 ところでHは桟橋までは来るが廃校へは遊びに来ない。怖がりだからだ。


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Hとは火星戦争から急に仲良くなった。今夜はアジをたくさん釣って呉れた。動画で調べながら捌いた。

 

 

 そして日曜日。リアス式海岸を西のイキンマ港へ走る。どこまで走っても果てなく青い空、青い海。熱風、恐ろしい陽射し、ヘルメットにぶつかる虫、草いきれの香りに潮の香り。また南風。


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 本当にこのままスロットルを回していれば、この風景の延長線上に文明社会の粋「エイガカン」は現れるのだろうか。少し不安になる。映画のタイトルは忌怪島と言い、ドレンで撮影をしていたのをHは見たのだそうだ。知っている風景が映画に出るのは面白いだろう。


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 映画のロケ地の近く、西の港付近のカレー小屋で腹ごしらえをした。映画の人々もこの港を利用した筈だ。

 食事を終え、港の待合所で乗船券を購入してフェリーに乗り込む。


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 本島には仕事や農業の研修でしか渡った事がない。遊ぶために渡ったのは今日が初めてだ。常に帰りの船の時間を考えて行動を組み立てなければならないのでゆっくりできない。

 時間があるので山の展望台に行ってみたり寄り道をしながら映画館を目指す。本島には店も信号機もたくさんある。渋滞こそしないが車もたくさん走っている。元いた内地の都市には比ぶべくもないがそれでも町の景色だ。

 変な感動をしながら北を目指し走り続け、そして着いた。いや、着かなかった。通り過ぎた。想像していた映画館では無かった。

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 どう見てもただの本屋だ。しかしよく見ると2階で映画が観られるとヘプバーンが言っている。大丈夫だろうか。やばいセミナーとかが始まるのではないだろうか。とりあえず入ってみる。


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 やはりどう見てもただの本屋だ。

 しかし2階に上がってみるとまだ閉まっているものの一応受付らしきと奥に暗室のような部屋も有った。

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 一安心して1階に戻った。上映までまだまだ時間があるので本を買って2階暗室前の椅子で読む。

 

 

 

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