辺境にて

南洋幻想の涯て

ロードムービー 下

注意:この記事には映画「忌怪島」の内容への言及があります。

 


f:id:Chitala:20230720140925j:image

f:id:Chitala:20230720140921j:image

 私は上映のかなり前に入室したので他に誰もおらず、中央の最前列に陣取った。上映の10分前ぐらいから小中学生がポツポツと10数名入室して来た。雑談の内容から彼ら彼女ら自身、または友人がエキストラとして出演しているようだ。

 映画は残念ながら怖くなかった。島から出られない話なら私の日常だから効き目がない。それより話がややこしくてオバケに構っている暇がない。

 最新テクノロジーによりあの世と混ざって無限階層になってしまった罪の島で永遠に赤貞子に襲撃される話だろうか?私の8ビット脳ではよくわからない。

 筒井康隆の驚愕の荒野みたいなものだろうか?登場人物全員あの世で苦しんでる幽霊じゃないかな?

 ホラーは中高生の観るイメージがあるから王道でわかりやすい方が良かったのではと余計な心配まで出てきた。

 誘い込んだVR空間で実在しない島民に対しイマジョさんに散々復讐させ、気が済んで素の可哀想な美女に戻ったイマジョさんに何かいい事言わせ、成仏しました!VRバンザイ!科学で除霊したすっごい!とかその程度で良かったのではないだろうか。

 とは言え観て良かった。これはホラーでもSFでも無い。ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アマミだ。アマンヨだ。夕闇通り探検隊だ。要するにノスタルジーだ。

 シゲさんの寂しそうな三振は琴線に触れて涙が出た。美しい自然と哀しい島民たち。罪の意識の伝説。

 奄美を無個性な南国リゾートとして表現したハッピーな動画は佃煮にして小分けして冷凍する程ある。しかしこういう哀愁を帯びた空気感の方が現実の歴史に近いように思う。伝説も、島唄も悲しいものが多い。この映画には悲しい懐かしさが有った。

 変な刺さり方をしたまま本屋を後にした。

 

 初めからわかっていたが最終フェリーにはもう乗れない。のんびりと南下してクニャの港に着いた。まだ夕方だった。


f:id:Chitala:20230720141209j:image

f:id:Chitala:20230720141213j:image

f:id:Chitala:20230720141217j:image

 バイクを海の駅に泊めて辺りを散歩した。ただの寂れた港町だ。異常にスナックが多い。夕食は中華に入った。

f:id:Chitala:20230720141253j:image

 ようやく日が暮れたが行く場所も無く暇を持て余す。しばらくベンチでスマホを触ったがバッテリーがどんどん減るのでやめた。猫を尾行したり町から遠ざかってみたり意味のない行動を繰り返して時間を潰した。


f:id:Chitala:20230720141612j:image

f:id:Chitala:20230720141608j:image

 午後9時になり、やっと人通りも無くなったので海の駅前にあるベンチに横になった。向こうにフェリーが見える。同じものが映画にも出てきたな。目を閉じて無理矢理眠ろうとしたが、たまに人の気配がすると起きて警戒に入るのでなかなか眠れない。

 午後10時。すごい勢いで自転車を漕ぐおばあさんが現れた。自転車は後輪が2つある三輪車で、いかにもおばさん向けといったものだ。しかし速度がおかしい。早すぎる。

 おばあさんは海の駅の外周を周り始めた。おばあさんに着いてきた白い犬も自転車を追いかけて外周を周っているが自転車があまりに早く周回遅れになる。変わった散歩のさせ方だ。5、6周走って居なくなった。またベンチに横たわり目を閉じる。

 せっかくまどろみ始めたが蚊が耳元にきたので目が覚めた。もっと風の当たるベンチに移動し入眠を試みる。蚊が来る。

 蚊がうるさくて連続で20分も寝れない。キャンプってこういうのじゃ無かったよな…。そうだ、テントがない。テントが無いから星が綺麗だ。変なおばあさんが現れた。今度は2周で去った。

 岸壁に停めてあるT産業の軽トラに移動した。いつも鍵がかかってないので車中泊をしよう。蚊が入らないよう窓を閉めて寝る。こういう時小さい体は便利だ。変な姿勢だが一応横にはなれる。

 それに営業時間を過ぎ閉まっている海の駅とは違い、ここはたまに人が通るから外から見えない方が良い。

 しばらくするとHがラインを送って来たので車中泊の経緯を説明した。本当に映画館まで行くと思わなかったそうで少し驚いていた。

 今は使われていないアギナにある会社寮を教えてくれたが移動が面倒だから断った。Hはイマジョ映画を観てイマジョ伝説の町で野宿しているのが信じられない様子だ。そうだ怖がりのHを怖がらせよう。

f:id:Chitala:20230720141851j:image

この手形は最初から有った。

 軽トラの窓にさっきは無かった手形があると送った。Hが気のせいだというので窓に手形をたくさん付け写真を送る事にした。体を起こすのが面倒だったので寝たまま腕を伸ばしフロントガラスに手をベタッとくっつけた。手形がつかない。私の手は綺麗すぎるようだ。今度は長めにやる。

 車の右の方から男子学生と思しき声が聞こえて来た。2人連れだ。車の前を横切って行った。私の腕に気付けば面白かったのに。しかしこれで警察が来てはたまらない。この遊びはやめて眠る努力を始めた。

 

 暑さで目が醒める。今度は30分は眠れた。もう蚊も寝たのではないかと淡い期待を胸に海のベンチへ行く。しばらくすると蚊に起こされる。午後11時。軽トラへ戻る。車が無い。盗まれた。しかし疲れているので気にしない事にする。海のベンチに戻る。もう照明も消灯している。

 午前0時。車のヘッドライトが見えたので車のあったところに戻り、近くの植え込みに隠れて観察した。確かにT産業の車が帰って来たが乗っている人物の背格好に心当たりがない。かなり不自然だが通行人を装い接近を試みた。しかし相手は運転席から降りるなり近くの原付に跨り走り去ってしまった。顔は見えなかった。車が安全地帯に思えなくなったのであとは蚊の居るベンチしかない。今日は朝から炎天下で畑仕事だからそろそろ眠っておかなければならない。

 だがまどろんだ頃に蚊がやってくるので寝つけない。目覚めても目覚めても時間は進まず同じ夜。遠くにフェリーが見える。今日観た映画みたいだと思った。無限の仮想空間で苦しみ続ける。こんなに夜明けを待ち望んだことはない。しかし永い夜はまだ半分も過ぎていない。もう何度目になるかわからない入眠を試み目を瞑る。