辺境にて

南洋幻想の涯て

雨の後

 今回の大雨は幸いな事に、私の行動圏内において大した被害は無かった。そしてそれは本当に運が良かっただけだったと知った。

 今回は海の向こうの本島側での被害が大きかったらしい。

 警報の出た日の翌日、いくらかマシになった雨の中スュリのビニールハウスで働いていると、本島側クニャの港町に住む林業の幹部から電話があった。

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本島側からの動画のスクリーンショット。車が通れなくなっている。

 

 内容は、停電に備えて充電できるものは何でも充電する事、断水も有るから水も溜めておいたほうが良いというものだった。この時はまだ本島側の被害を知らなかったので、いつもながら親切だなと思っただけだった。

 スュリでは、ハウス内でできる作業が無くなったので昼過ぎには作業はやめになった。廃校へと帰る。降り続く雨で道路はあちこち冠水し少々法面も崩れていた。しかし大雨が降ればいつもこんなものだから気には留めなかった。

 帰校後、レインコートを着ていてもずぶ濡れになったのでそのままシャワーを浴びる。午後からは紅茶を淹れてお菓子を食べながらゲームをしよう。意気揚々とドライヤーをかけていると突然停電した。すぐに復旧したので計画を遂行する。アールグレイとチョコパイを準備し、PS4の電源を入れてゲームをプレイし始める。夏休み初日のような歓び。

 また停電した。そしてすぐに復旧する。これが何度も繰り返された。やってられない。「セーブデータが壊れるので設定からゲーム終了を選んで電源を切って下さい」と何度も怒られたのでゲームは諦めた。エコーとアレクサも目を回している。雨戸を閉めているので暗くて本も読めない。

 自分の書いて来た辺境日誌を読み返した。機嫌の良い日に書いたものとメランコリックな日に書いたものに大別できるようだ。メランコリックな日のものは斜に構えつつ、変なポエムに片足を突っ込んでいる事が多い。それから仕事中によく辺りの植物を食べている。後は稀に魔法を使おうと試みている。

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 退屈だったので14時頃から19時まで眠り、夕食をとり、また21時頃から翌日6時まで眠りに眠りを重ねた。あまり眠り過ぎると口から糸が出て繭になりそうだ。

 まだ1時間眠れたがやめにし、スュリへと出勤した。

 大雨の後は必ず屋敷の水源が決壊するので森へ修復に行った。つい先日折角魔王と乗せた大きな石が流されていた。水の力はすごい。

 大体この魔王というのが良くない。嫌味で一言多い上自分の言ったことに責任感もなくすぐに忘れる。一緒に居過ぎると口から呪詛が出て変なポエムになりそうだ。

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 今度は大きな石を二つ乗せた。しかし次の大雨までの命だろう。そして効率よく取水パイプに水を送るためにいつもの石のダムを造る。

 最近は雨が多く、頻繁にこの作業を行っている。少し上達したようでこれまでになく美しいダムができた。だがこれも次の大雨までだ。はかない。

 午後は魔王とドライブに行ってみたりドラゴン用の杭の部品にコールタールを塗ったりした。

 この時に初めて本島側の被害を聞いた。6つの集落が孤立したらしい。ビニールハウスや、植えて何年も育てたタンカンが土砂で駄目になった農家も居るそうだ。とても気の毒である。陸続きなら時間のある時に復旧の応援に行くのだが。


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島の文化に触れた。

 

 夕方、帰る前にスュリの屋敷でバイクを洗っていると集落の人が来た。離島側でも東の方は道が寸断されたりしていたそうだ。洗車をしたから少し走りたい。廃校へ帰るには反対方向だが見に行くことにした。

 スュリから魔王宿のあるウセへ。三叉路を右に曲がり、トンネルを抜けセソ港に出る。そこからはひたすら東へ走る。

 幾つもの集落を過ぎたが海が濁っている他は普段と変わらない。カーブだらけのリアス式の道を走る。山と海が交互に現れ過ぎていく。

 いくつ目かわからない峠で大型の重機が仕事を終え休んでいた。復旧のため本島から海を渡って来たのだろう。


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 重機の眠るその先から道は荒れ始める。頭ぐらいの石があちこち転がっている道、土の川が流れている道。カーブには砂利の堆積。

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 慎重に走行しなければ転倒しかねない。 f:id:Chitala:20230624000040j:image

 側溝の石の蓋が押し流されている。余程の水が流れたのだろう。

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 途中、酷い目にあっている建物もあったがこれはかなり前からこうだった。雨とは関係がない。可哀想な建物。事故物件。

 先へ進む。ギアチェンジをする時に足の甲がやけに滑るので確認してみた。洗いたてのバイクも靴も泥だらけになっている。


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 更に進む。山が酷く崩れているカーブにたどり着いた。向かいのガードレールがひしゃげている。


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 おそらく寸断されていたのはここだ。

 ガードレールに殺到し、押し曲げた土石流は勿論恐ろしい。しかしそれを数日で片付けてしまった峠の重機も、何か途方もない化け物のように思えて来た。帰りは静かに通ろう。そして帰って洗車しよう。