辺境にて

南洋幻想の涯て

イカの季節

 林業終業後畑に寄って日没まで働く。苗約100本が11月半ばに来るのでそれまでに植え付けの準備をしなければならない。

 猪防柵は終わった。次は穴掘りだ。

毎日日没まで柵を作ったり穴を掘ったりしていると戦争捕虜のようである。

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 穴を掘っていると浜の砂が出る箇所がある。魔王によると昔、川の工事をした業者が横着をして埋めていった土嚢だろうと言った。

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サッシなどゴミまで出てくる

 海の砂はアルカリ性が強いのでタンカンを植えるのに適さない。ピートモスという苔か藻のようなものを埋めて酸性に近づけなければならない。


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 酷いところは浜砂をズダ袋ごと埋めてある。最初に掘り当てた時は何か宝物が入っていると思って喜んだが、宝どころか酷い置き土産だった。

 浜砂の出たところは後でピートモスを入れるために目印を立てておく。穴を掘って砂が出れば目印。何かに似ている。初めてのはずなのにいつかこういう事をした記憶がある。

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 魔王も日中に手伝ってくれていたので100の穴は3日で掘り終えた。そして畑を振り返り既視感の正体に気づいた。

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 ──マインスイーパーだ。

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 穴の周囲の盛り土に堆肥五キロと「ようりん」肥料1キロづつ撒いておく。肥料を撒いた盛り土がドーナツに見える。オールドファッションが食べたくなった。もちろん島でそんな文明社会の粋は手に入らない。


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ドーナツ畑。

 それにしても苗の到着が遅い。問い合わせてみると12月に変更になったらしい。準備を慌てる事は無かった。まあどの道しなければならない作業なので良いのだが。後は添木立てのみである。これはまだ資材が届かないため出来ない。

 最近は働いてばかりで、珊瑚垣の島Sちゃんに晩御飯を食べさせてもらう以外の人付き合いは全くしていない。毎晩一方的にご飯を食べさせてもらいに行くのを人付き合いと呼ぶのか分からないが。ともあれ少し息抜きをしよう。トラボルタを誘って久しぶりに夜釣りへ出た。

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 廃校横の桟橋で暗闇に向かって竿を振る。しかし何も釣れない。私が常食しようとしているガティンは今はあまり釣れないそうだ。残念ながら今狙うべきはイカだそうだ。

 擬似餌をガティン用のミミズモドキからイカ用のエビモドキに変更する。といっても釣りが久しぶり過ぎて糸の結び方を忘れてしまった。トラボルタに変えてもらい、擬似餌の動かし方も習う。

 数十分頑張ったが何も釣れない。海を覗いても秋サバの群れが泳いでいるばかりである。秋サバはプランクトン食だから擬似餌では釣れないそうだ。いつも口を大きく開けて泳いでいるので針を引っ掛ける事は出来るらしい。しかし美味しくないと聞く。場所を廃校横の桟橋からイキンマの港に変える事にした。

 どうでも良い話をしながらしばらく夜のドライブを楽しみイキンマに着く。

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 ここにも秋サバがかたまって泳いでいる。列を成して大口を開けて泳いでいるのが絶叫マシンのようだ。

 またイカ向けの擬似餌を投げ始める。正直、イカは釣りたくない。イカは美味しいとは思うが、毎日の夕食や弁当のオカズとしてはどうも主役になりきれない感がある。お好み焼きでご飯を食べられるが、たこ焼きでご飯は食べられない、という事象に似ている。

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 ご飯と食べないなら、イカのみを弁当箱に入れて持っていくという手しかない。だがそれでは歯クジラのようである。ガティンなどのガラ類が良い。ガラがダメでもせめて魚類が良い。

 わがままが天に通じたのか何も釣れない。たまにイカが擬似餌を追ってはくるのだが、もう少しのところで見破って帰って行く。


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 風が強く身体も冷えてきた。飽きてきた私は焼酎片手にトラボルタに話しかけて妨害する。敵も先程イカを1匹釣ったきりだ。もう釣りには飽きたのか、鈴をつけた竿を海に突き出して放置し、秋サバを網で掬う遊びをしている。秋サバは素早く反応して逃げる。

 トラボルタは家からとっておきを持ってきますと言い残し車で去った。またしばらく闇に擬似餌をぶつけ続けたが、話し相手も居ないのですぐに飽き、桟橋に寝転がった。今夜も星が綺麗だ。夜の静かな雲が風に流されて行く。桟橋というものは遮るものが無いので風のある時は寒い。

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 このまま凍死体になると決めたその時トラボルタが戻ってきた。新兵器は釣具ではなくカセットコンロと鍋だった。インスタントの味噌ラーメン一袋が添えてある。


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 起き上がり、ラーメンが出来るまでもうひと頑張りする事にした。しかし闇に竿を振ったその時糸が切れ、私のエビモドキは一度もイカを知る事なくその生涯を終えた。竿を仕舞う。

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 トラボルタは寒がってコンロの横に座っている。私も向かいに座った。コンロの火は夜風にもてあそばれ今にも消えそうだ。相当手を近づけなければ暖かくない。そんなだからいつまで経っても湯が沸かない。車を風防にしたり車の中に入れてみたりしてようやく小さな気泡が出始めた。麺を入れる。


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 今夜はイカが居ないという話からマダ汁の話になる。マダというのはイカ墨の事だ。私は未だ食べた事がないが、とても美味い冬の味覚だと聞いている。

 1匹だけバケツに入っているイカをさばき、マダ汁味噌ラーメンにしようと提案した。トラボルタはキッチン鋏で器用にイカをさばき、鍋に放り込む。


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 私の擬似餌を吸い込んだあの闇のようなラーメンが完成した。

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箸が一膳しか無かったのでそれを二つに折って食べた。食べにくい。

 寒い夜のラーメンと言うだけでも上等なのに、その上マダや新鮮なイカの身が入り、それは格別の味わいであった。少し温まり、廃校へ送ってもらった。

 道具を下ろしてトラボルタに別れを告げ、校長室へ帰る。校舎横を通る近い方の道のりは藪に覆われている。ハブが潜んでいるかもしれない。

 ライトを忘れたのでスマホの暗い光で照らしながら棒で草を叩き、安全を確認しては慎重に一歩を踏み出す。月明かりの下の地雷原。

 この慎重な作業が何かに似ている。

 

 

 

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