辺境にて

南洋幻想の涯て

綻び 下

 廊下の雨漏りは黒い黴になった。それから浴室の壁にも黒い染みを見つけた。世界から切り取った自らの内面世界。自分の領地。そこに綻びを見つけたように思った。

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 年末に取り憑かれたように床を磨いたのはその実、しらずこの廃墟に魔力を込めていたのではないか。最後にドリフトウッド色を塗り終え顔をあげた時始まった廃校での生活。紅茶棚、ミシン台。魔王や山賊との刹那的な日々。一度打ち上げられた流木はもうどこへも行かない。朽ちて砂の様に崩れ去るのみだ。

 

 しかしいくら水平線に目を遣れども待ち人は来ない。いつしか屋上に登り水平線を見つめる事自体が気に入り、校舎に設えてある錆びた梯子を上る理由になっていた。
 屋上ビアガーデンと嘯き焼酎を飲み酔いがまわって校舎へ飛び戻れなくなった日もあった。


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距離は兎も角高低差が厄介。

 そしてこの廃墟で生活を続けるうちに新たな知人友人も出来た。過去より今を愉しむ方が多くなった。海辺の廃校は新たに迎賓の機能も持ち始めた。いつまでもこうして暮らしていくのだろうと思っていた。

 しかしもし結婚という事になれば私は私だけのものではない。もう少し真面目に生きていかなければならない。当然廃墟なんかに住んでいるわけにもいかないだろう。

 私は選ばなければならない。ここに居て半ば空想じみたおかしな隣人達とパーティを続けるか、ここを出て今更人並の生き方を目指すか。

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おかしな隣人達の一例。ビーグルにそっくりである。

 いつまでも自堕落に生きていたかったが時間が来たようだ。綻びを見つけてしまった。天井から滴る水や浴室の些細な滲みの形をとるそれらを。

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 翌日、私は腕の白い見合い相手を誘ってドライブに出かけてみた。人見知りしない私は特に緊張もせず適当に話しながら走った。ウデ白さんも言うほどシャイという訳でもないようだった。何というかアンニュイな感じだった。

 島民同士今更行ってみたい所もまた遊ぶような所もこの島には無かった。右に周れば右手に山、左手に海。左に周れば左手に山、右手に海が見えるだけである。

 廃校へも連れて行ってみたがウデ白さんはあまり興味も無さそうだった。どころか校長室には少し引いている様な印象すら受けた。綺麗な浜にも少し降りようとしたがこの時期はエッチ虫が発生しており不快感しかない。この名前からしてろくでもない虫は浜から湧いて出る。

 そんなドライブの中特に意見が合ったのは周りからのお見合い圧が凄いよね、という事だった。

 声を掛けられるのを待っているからお前から誘え、と周りが言っているだけでウデ白さんにはそんなつもりは恐らくないようだった。その様な前提で考えていた為に、弊社を志望して頂きありがとうございましたぐらいの態度をとり余計な恥をかいた。これまで4000文字ぐらい悩んだのは何だったのか。あの腕は脈が無いから白かったのだ。

 ウデ白さん(腕白さんと書くと違う意味になってしまう)を送り届け廃校に帰りシャワーを浴びる。浴室の染みを何気なく擦ってみると簡単に落ちた。次は屋上の雨漏りだ。綻びたなら繕えば良かったのだ。おおかた排水の問題だろう首を洗って待っていろ。背中にチーズケーキ色の夕陽を浴びながら、角スコップとシート防水補修テープを手に肩を怒らせ梯子を上る。