辺境にて

南洋幻想の涯て

辺境にて 下

 甘い目算に拙い技術、多大な労力と情熱を注ぎ込んだ蟹味噌色のリビングに荷物を運び込む。朝から夕方まで荷運びに費やした。今夜からは延々と片付けをしなければならない。本棚に少し本を納めたところで睡魔がやって来たので荷物を押しやって寝袋に包まった。

 


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今夜から遂に廃校暮らしが始まる。

 

 蟹味噌リビングの甘ったるいような独特の塗料の臭いが酷い。私は蟹味噌を食べたことがないがきっとこんな臭いだろう。薬品臭に耐え兼ねたので窓を開けようと思った。しかし今夜は雨の予報なので蟹味噌リビングを開けて寝ると雨が吹き込むかもしれない。だが玄関ドアを開けておくと猪が入って来そうだ。猪はよく食べているので復讐される危険がある。臭いに耐えながら眠る事にした。

 いつまでも鼻が慣れないので寝付けない。波と強風の音に混って、玄関ドアのすぐ向こうで犬みたいな声の動物が鳴き始めた。開けておかなくて良かった。

 

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年末罠猟師さんに頂いた猪の生肉と生レバー。禁断のあじわい。

 

 6時に起きたので卵かけご飯とチキンラーメンを食べた。今夜は鶏が復讐に来る危険がある。辺りはまだ暗い。そういえばここ最近やすりがけで泊まり込んでいたがこの場所ではまだ朝日を見たことがない。いつも夜明け前にここを発ち一度スュリへ行き、そこから林業か魔王手伝いをする事にしていた為だ。

 折角だから校舎側の掃き出し窓から見えている梯子を上り、屋上から朝日を見よう。

 


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隣接する方の校舎に見えている梯子。ここから屋上に登れるようだ。

 

 リビングの蟹味噌色の本当の色名はドリフトウッドという。この色を選んだ理由は、色自体を気に入ったのはもちろんだが何よりその名前に惹かれての事だ。

 この離島へ渡って以降、自分の居場所を見いだせず何度も居を移した末ここへ漂着した。だから色は、ドリフトウッドでなければならない。

 拙いながらも自分で作ったこの床はこの世界において初めて自分の意思で立つ場所である。

 

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蟹味噌ペースト。

 

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 校舎の梯子を登り屋上へ出る。何も無い殺風景な場所。一階建ての校舎は背が低く、大した景色でもない。

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 校舎より一段低い校長室へ跳ぶ。


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 アダンが自生している他は何も無いコンクリートの屋上。遠くに桟橋が見えた。

 

 

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 そして厚い曇り空の下豊かに満ち行く海の水を観た。遠い内地の妹や弟、旧い友人たちの事が急に想い出された。彼らが訪ねて来る日をこの静かな風景のなかで待ち続けよう。寂しいのでは無く、何故か安らかな満ち足りた様な気持ちになった。

 

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