昨日。ようやく新しい現場が始まった。普段の仕事は道路の伐採が殆どで、社長と幹部3名、私を含む現場毎で入れ替わる日雇い達という構成で仕事をしている。
今回は山の仕事だ。山は危険だからいつもより気合いをいれていかなければならない。他社ではあるが一昨年も近隣で一人死者が出た。人足も集まりは悪いだろう。しかし日銭を稼がなければ穀物ビンは空のままだ。仕事を選んではいられない。
もう食べる物がビールしかない。
海を渡り港に停めてある社用車に乗り教えて貰った新たな山の現場の入り口に着いた。
途中まで仮設の階段が設けてある。これを校長住宅に付けて屋上ビアガーデンにしても良いかもしれない。
…早速気が緩んでいていけない。幹部の車から長い方のワイヤーひと巻きとシャックル、キトウを持っていく。階段の先は固まったり泥濘んだりしているキャタピラの轍だ。それを辿って頂上まで登る。ブルーシートと辺りに転がっている木で作った簡素な休憩場所兼前線基地に着いた。
人足が集まらないどころか私しかいない。どう見ても私の他は幹部の3名しかいない。社長すらいない…。
この切ってある木を全部こっちに引っ張り上げるからね!と言うので今度は今登ってきた方と反対の谷を見渡し絶句した…。
広い。ここに何を作るのか知らないがたった数名で自然環境を作り変えるなんてそもそも狂気の沙汰だ。
今いるブルーシートの前線基地の足元から谷へ下り、向こうの山の中腹まで伐倒してある。全面にピントが合うスマホの写真だと距離が伝わりづらいが向こうの山の斜面は遠い。また谷底は倒れた木々に覆われ地面が見えない。
たった4名では無理だ解散解散と思ったが仕事は普通に始まった。私は斜面から始め谷を目指し、上から投げ落とされるワイヤーでなるべく多く一纏めに木々を結えて揚げてもらう。幹部の一人はチェーンソーを持ち私と共に降り、斜面の切り残しや切り株を切る。残る2人はこの斜面からはよく見えないが、頂上のユンボで私がワイヤーで結えた木を引き揚げ、切り、積んでいっているようだ。
絵は得意ではないが断面図を描いた。右上から始め茶色で示した切った木にワイヤーを結える。右上のユンボともう一名で引き揚げる。せいぜい4、5本づつしか纏まらない。解散解散。
引っ張ってもびくともしないような木の下にワイヤーを通して結える。ワイヤーを紐の様に結ぶ事は当然不可能なので結えるという表現は正しくないのかもしれない。私の足の横のシャックルと言う金具に通して固定する。
雨が降り中断したりメートル級の切り株が車輪の様に猛スピードで転がってきたり(当たれば最悪死ぬ)咄嗟に飛び付いた木と共に斜面を滑り落ちたり大変な1日になった。
仕事が終わり、港のスーパーで米や調味料、数日分の食糧を買い込み丁度出る定期船に乗って廃校に帰る。フェリーにせよ定期船にせよ帰りの船中のこの時間がいつも安堵のひとときである。
そして今日。港まで行ってみたが風雨が強く船も出ないので休みになった。
仮に船が出ても乗りたくない。
次第に雨は弱まったが依然風は強い。この廃校は海辺にあるので風当たりは強いが地形の妙か波は全然立たない。だからか昔はこの集落も港であり賑わったそうだ。今は時々使用される桟橋が一つ見えるのみである。
狂った様な風の音の中洗濯をし、遅い朝食をとりここへ来てから読み始めた読みかけの本を読んだ。
雨の止み間にバイクに跨り此岸の港の個人商店へ焼酎を買いに行く。今日は校長室に籠って過ごそう。
段々と室内も片付き始め、生活の形が見え始めるとどうも雰囲気の重苦しいのが気になり始めた。
アンティーク趣味でそういうインテリアに偏重しているのは内地で一人暮らしを始めた当初からだ。もしかすると壁がベニヤ板だからかもしれない。これまで内地で住んできた賃貸住宅は壁も天井も石膏ボード系の明るい白クロスばかりだった。壁、天井が白いのは考えてみれば大半の面積だ。それで調和をとっていたならば今のベニヤ壁で重くなるのは当然である。
早速魔王宿から白ペンキを分けてもらいミシン台を塗ってみる。ミシンは黒いのでよく映えそうだ。塗装後塗料が乾けばイージーフローリングで習得したアンティーク加工にする。これからは明るい色を入れてバランスを取ろう。
それからリビングの押し入れ上段にロープと捨ててあったカーテンレール で服を吊る場所を作った。
そして玄関には仕事から帰った時に作業着を吊る様ウサギフックを付けた。作業着はたった1日の仕事であまりに泥や刈った草まみれになるので毎日洗うことはしない。四日前後着て手洗いで泥や草を綺麗に落としてから洗濯する。そうしなければ洗濯機が壊れてしまう(魔王屋敷のを一度壊した)為だ。だが家の中へ入れてしまうのも砂などが落ちるので帰宅時直ぐ脱ぎ吊れるよう玄関が良い。
試しに洗濯の終わった作業着をかけてみた。
すると頭身のあまりに高いガテン系ウサギが現れた。
丸太の3、4本は担いで上がりそうである。明日からの山の現場の手伝いをお願いした。
変なウサギを面白がっていると外で何かがぶつかるすごい音がした。慌てて出てみると雨戸が無い。
消防団のレインコートを羽織り、改めて探すと寝室の雨戸は丁寧に二枚重なって防波堤に打ち付けられ、下端が少し曲がっている。踏みつけて真っ直ぐにし付け直した。海まで飛んでいかなかったのは不幸中の幸いである。
ずぶ濡れで校長住宅に戻り、頭身ウサギには山の現場ではなくこの家の警護をお願いした。