辺境にて

南洋幻想の涯て

綻び 中

 廊下の天井から雨漏りがしている。

 白い腕の見合い相手はシャイなのだそうだ。相手方からそう伝え聞いた。だから私から声をかけるのを待っているのだそうだ。

f:id:Chitala:20230408174313j:image

 あれから私はどうしてそこまで独りで居たいのか考え続けた。都会から不便な離島までわざわざ来たのは父の跡継ぎや老後の世話の為という事も勿論ある。

f:id:Chitala:20230411025113j:image

 だが本当の事を言えばここで生まれ育ったわけでも無いので跡継ぎに対する義務感は希薄であり、もし父が借金でも残して死ねば屋敷も田畑も全て精算して適当に生きるつもりである。

 ここへ来た本当の理由。それはいつまでも私と仲の良い妹から距離を置いてやらなければならないと思っていたからだ。この十ほど年の離れた妹がまだ幼い頃両親は離婚した。喧嘩が絶えずいつも殺伐としていた家庭に辟易していた私はそれに開放感すら感じていた。弟は父に、妹は母に、どちらも嫌悪していた私は祖父母にとそれぞれ引き取られた。

f:id:Chitala:20230411025232j:image

 まだ離婚間も無くお互いに敵方を恨むよう仕向ける(今も大して変わらないが)醜い大人たち。相手が幼児でも考えなく汚い言葉を聞かせる彼等から妹を守れるのは私しかいないと思った。

 だから兎に角彼女を可愛がって本来親が与えるべき愛情を補填しようと試みた。昨日まであった家が今無くなるという事がにわかに受け入れられなかったのだろうか。そして妹も私によく懐いた。

 そのまま二十余年経ち妹は婚約した。それでもまだ私達は2人で遊んで旅行にもたくさん行った。別にやましい事はないのだがやはりいつまでもこのままではいられない。延長に延長を重ねた永い子供の時間はどこかで終わるべきだった。

f:id:Chitala:20230411025300j:image

 妹の結婚に合わせ私は遠い離島で生きる事にした。弟も成人を待たず内地に戻ったので独りで暮らす父が気にもなっていた。ここからは彼女とは別の道だ。強引にもそうすべきだ。

 

 引越しの準備を済ませた頃、妹が婚約を破棄した。

 

 それでももう今更私は離島行きをやめるわけにもいかない。また私も離れてやるべきなのだ。

 内地での最後の一日は二人で水族館へ行った。そして翌朝、南西へ向けて私は発った。

 十数年連れ添ったバイクと共に此岸の港を目指し最初の船に乗るその前、仕事を抜けてまで妹が会いに来た。船が出るまでの僅かな時間、色々と思い出話の続きをしたが徒に決心が鈍りただ悲しいだけだった。

 船中、私のスケジュール帳から妹からの手紙が出てきた。最後の夜に書いたと始まるそれにはこれまでの感謝と想い、本当は早々に帰ってきて欲しいという事などが綴られていた。

 当初は憐みから妹の面倒をみていたつもりだった。そしてそれはいつしか失われた家族というものへの執着に変わっていたようだ。いや、初めからそうだったのかもしれない。だから例え辛くとも距離を置くのはそれぞれの為にもやはり正しい決断だったと思う。

 それにしても少し希死的な所のある妹がまた独りになってしまったのが心残りではある。危ない遊びは頼むからやめて貰いたい。最近バイクの免許を取得したと聞き胃が痛い。

 兎に角当初の予定とは違ったが、妹が今度こそ良縁に巡り会うのをもう渡ってしまったこちら側から祈るしかない。そしていつでも遊びに来られるよう校長室を飾った。

f:id:Chitala:20230411025052j:image

 遥か昔、勝手に憐み決めた、妹が幸せになるまで私が見守るという一方的な誓い、あるいは代償行為。いずれにせよそれまで私は帰る家でなければならないのだ。妹の結婚で役目を終え解消されるはずだったかつての誓約。一度終わりの見えたそれは婚約破棄によりぶり返し、そのもはや呪いのようになった強い思いのせいで子供の頃が終わらない。

 あの頃の私がもう理由すら忘れただ過去から呪詛を吐き続けている。

f:id:Chitala:20230413223451j:image