ネリヤにいながらにしてネリヤにいない。
ある日、ドラゴンの蕾を市場へ持って行った。蕾は天麩羅にすると美味しい。私は初め、ドラゴンが嫌いだった。そんなに甘くもないし変なお香みたいな香りもある。何より棘だらけで刺さると痛いからあまり世話をしたくなかった。
ある日、屋敷の庭の水が来ないので水源を見に行った。森を川に沿って遡上して行く。この日もキィイナバは無かった。
ある日、内地からの移住者が引き上げるのを見送った。現実と乖離した、理想上の南の島での「夢の」田舎暮らし。何かにつけて都会を攻撃していたのでつまりそこから逃げだしてきたのだろう。だが彼はいずれここがその理想郷では無い事に気が付く。違う。本当は、来る前から彼は感づいていた筈だ。世の中から完全に逃げ出す事は出来ないと。
その段階で空想上の楽園は空想の中にしか無いと開き直ってしまえば良かったのだ。そして問題があるならひとつひとつ遡り、原因を突き止めてやるしかない。刺々しい現実の中にも美しい花はある。
しかし彼にとってはもう、見るべき価値のある物は何もなくなった。それでも移住をとめた家族友人らに自らの正しさを証明し、啓蒙してやらなければならない。後には引けない。必死の形相で「のんびりした田舎時間」を発信し続け都会を否定し続けた。
やがて疲弊した彼は都会へと戻って行く。都市は、何事も無かったかのようにまた受け入れてくれる。世間が彼ら彼女らに無関心なのはむしろ幸せな事だったのだ。
楽園のスローガン
取水パイプが元気な角度で水から揚がっていた。この間の大雨のせいだろう。周囲に堆積していた砂利を掘り、パイプを再び沈める。魔王と力を合わせて大きな石を乗せた。これでまた当分大丈夫だろう。
移住に本当に必要なものはフロンティアスピリッツだ。コミュニティに積極的に入り、家や仕事を見つける。
畑をするならもはや薮になっている土地を切り拓かなければならないかもしれない。帰るべき家は廃墟同然かもしれない。(これに関しては人の事は言えない)
そして慎ましやかなそんな物すら自然は許さず、虫や植物が奪い返す機会を日々狙っている。
いつか渋々畑に出た時。ドラゴンの大輪の花が咲いていた。陽が登りしぼんでいる他のドラゴンの花々の中、一輪だけこちらを向いて綺麗に開いていた。何だか私を待っていたように思えた。それからドラゴンの事は少し好きになった。
みんなネリヤにいながらにしてネリヤにいない。