辺境にて

南洋幻想の涯て

鏡とランタン 上

 アクトクに着くなり山賊のお頭は、「アイツダメだ」と言った。アイツとは火星からの移民である。まわりを見ないから仕事中は近づくなよと評判のお頭にそう言われるなんて余程の活躍らしい。

 屋敷の庭ではこの間から居る釣り系ユーチューバーが三脚上のカメラに竹馬の友のように話しかけている。残念ながらカメラは口を利けないようだったがそれでも諦めず朗らかに話しかけながら釣魚を解体している。

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アクトクに向かう途中、山に突っ込んでいる車を見かけた。誰も乗っていなかった。

 

 そんな彼を尻目にお頭は私が送り込んだ愛すべき刺客、マーズピープル君の非難を始めた。お頭の話を総合するに彼は極端なマイペースという一言に尽きるようだ。ある程度は予想していたが思った以上だったらしい。もう一つ会話から判明したのは彼は皆から「あばれる君」と渾名されている事だ。

 お頭は説明が雑なので、こちらで意図を汲んで動かなければならない事も多い。だからとりわけそういう事が出来ない彼とは相性が良くないようだ。

 お頭は目的はまともで、過程が雑で結果が運次第。火星人は目的不明で過程は意味不明で結果が行方不明。という事態になっているようだ。はた迷惑な両人である。

 お頭も森林組合の解散した今は雇われ人足に過ぎない。だから指導なんて今回の雇用主である林業社長達に任せ、適当にやっていれば良さそうなものだ。何故か変な所で真面目だ。

 お頭に相槌を打ちつつ炭火を育てているとくだんのマーズピープルがやって来た。自転車で。では何故過去2回歩いて来たのかと聞いたが、自転車を持っていたんですと噛み合わない答えが帰ってきた。

 というか数日前より肌がグレーがかったピンクだ。日焼けの変色とは明らかにコンセプトが違う。褪色という方が近い。声もなんだか低い。前のアバターはどうしたと問うと日焼けしただけですと答える。いやピンクグレーは不自然だろう。

 金星(まあず)は椅子の配置など指示を出せば一応協力はしてくれるものの自分がココと思った場所にしか置かない。まあ日雇いに送り込んだ責任があるから一緒に働く時に彼の扱い方を模索してみよう。

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がんばっていきましょう。

 

 ユーチューバーは依然カメラに話しかけながら魚を捌いている。彼はカメラという非生物とお話する以外は今いる中で一番良識人だ。

 お頭だってパチンコ台に何事かお願いしているようだから非生物と対話を試みるのは別段特殊な事態ではない。彼がネックレスがわりにGoProを首に装備しているのはむしろ文明人の証しだ。

 お頭は私の送り込んだ異星人に星間戦争をしかけ始めた。ビール片手のマーズピープルを訥々と諭す。なんだかお頭がまともな人に見えて来た。

 火星との交信を諦めたお頭が、そろそろ凍らせてある骨付きチキンを食べてしまおうというので私は冷凍庫から集合体で凍っているものを出した。外殻から一本ずつ溶かし、剥がれたものから順次焼き始める。

 日が暮れる前、最後に前回の現場で共に働いた若者H君とその従姉妹も来た。聞けばH君は今回の現場にも参加しているらしい。今や同僚になった火星人とは歳の近い若者同士仲良くしているようで、来るなりヤツのスキンヘッドを明るい音をさせて叩いた。