辺境にて

南洋幻想の涯て

鏡とランタン 下

 マーズピープルは横目でH君に歓迎の意を示しつつも、お頭から休憩中に指立て伏せをする元気があるなら仕事中に仕事をしろとかよくわからない指導を受けている。

 マーズピープルは解ったのか解らないのか判らない顔をしている。聴いているこっちは尚更わからない。

 ちょっと髭の剃り跡濃いイケメンH君によると、マーズピープルの仕事ぶりはダメだがキャラクターは面白く皆を和ませているらしい。くだんのピープルは神妙な顔で見当違いの相槌を打ちながらお頭の話を聴いている。

 再び火星との交信を諦めたお頭が私の手元の骨チキンの氷塊を見つけた。もう塊のまま全部乗せろと言う。

 これから炙り用の魚も来るので網上に空き地をキープしておかなければならない。

 いや、のみならず多種多様な食材を同時に焼いていくのが私の役目だ。網をチキンに占領されてはならない。

 それではチキン塊の表面だけが焦げますよ、と遠回しに抵抗を試みたが、いいからやれと言うので仕方なく従った。網がギーガー調チキンに占領された。畜生。

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ビーグルもびっくり。

 

 こうなればあとは肉塊をいかに早くほぐし、皆に食わせるか私の手腕が問われる。ほぐすという単語に若者H君が反応して火星人に振った。火星人は猥褻な事を2分ぐらい気持ち悪く述べた。畜生。休憩中の指立て伏せの秘密もわかったが知らない方が良かった。


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火星人騒ぎで目立たないがお頭も安定しておかしい。

 

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 それからしばらくは皆のオーダーを切り盛りして過ごした。ひと段落しまた席に戻るとマーズピープルはギーガー肉と無言で見つめ合っている。コズミックプロレスの旗上げかと期待したがどうやら焦点が合っていない。

 彼はビール1缶で十分酔っているようだ。2缶目を勧められ、これは急に一気飲みした。火星人は目が据わった。そして、自分は大腸性何ちゃらとかいう病気に罹っており、飲酒をすれば死ぬと告白した。ギーガー肉は段々ばらけてきた。

 ユーチューバーが屋敷から捌いた魚を持って現れた。釣りが趣味のH君は彼を知っているらしく大変驚き感動していた。芸能人に会った気分だと言って記念写真まで撮らせて貰っていた。釣りはわからないがやはり凄い青年のようだ。

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お頭はツッコミ疲れたのか、宇宙人に背を向け自分の世界に入ってしまった。

 

 ピープルは何度か中座し、彼女と連絡をとりますと言ってはわざわざ海の方まで歩いて行く。通信が終わり戻った時に、その三ヶ月後現れると言う彼女について聞いてみた。彼女とはネットのアプリで出会い、まだ一度も対面したことはないと言う。

 彼女というのは三人称であり、今は付き合う前の交際期間なのだそうだ。よくわからない。

 そして三ヶ月後空港で初めて会った時、ハグをしてぐるぐる回転する。その時に付き合って下さいと告白するのだそうだ。H君がしきりに私で実演させようとするので断固拒否した。

 文化の壁どころか星間文明の違いを乗り越えていかなければならない。

 今度はH君にリクエストされ何かの歌を歌っている。観察しているとこの2人は結構仲良しだ。少し微笑ましい。やがて火星人は気分が高揚して来たのか路上を高回転で転がり始め、そのまま草むらに突っ込んだ。

 ビーグルは一旦は近づいて行ったものの尻尾を股に挟んで逃げてきた。火星人はなお草むらを耕したがハブが居るからやめろとヤジが飛び、転がりながら路上に帰ってようやく停まった。行動の意味が一々わからない。微笑ましくない。ビーグルは怯えている。

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 焼きそばでわんこ蕎麦をしているようなもので次第に疲れて来た。お頭はとっくに屋敷に引っ込んだ。お頭の兄もかなり前から椅子で眠っている。今夜は解散宣言をし、残った者で片付けをした。ピープルは自転車を置いてイケメンH君と従姉妹のMさんの車に同乗し帰って行った。

 梅雨が明けた夜空には無数の星が輝いている。天文に明るくないためわからないが火星はこの中にあるのだろうか。そしてそこにカスタマーセンターはあるだろうか。