クドゥムに魔王の仲の良い友人がいる。その奥さんは料理が上手だ。魔王が奥さんからフルの美味しい漬け方を聞いてきた。
早速畑のフルを抜く。1割ほどはまだ植えておいて料理に使いきる。
フルとはニンニクのことである。その塊はフリンガブと言う。抜いたフルはハサミで根を切って捨てる。葉の部分はとっておく。フルの葉は料理に使える。ヒンジャ汁やアバス汁の吸い口に最高だ。
…どちらも林業社長が伐採の休憩中に食べさせてくれた物だ。
魔王が私にレシピを教えながらフルの漬物を作る。10日漬ければ完成だそうだ。
次は葉の処理だ。島の人は成長しすぎた葉は捨ててしまう。中に硬い芯ができて食べられないからだ。今回は実験で中の芯を取り出し、適当な長さに切った葉を冷凍してみるそうだ。首尾よくいけばこの上等な吸い口が年中食べられる。
カッターナイフで葉を縦に切開し、芯を引き出していく。処理の終わった葉を外の机の上に並べて少し乾かす。今日はカラッとしていて良い天気だ。瑠璃色の空をしばらく眺めていると魔王が呼ぶので屋敷に入った。昼食だ。
庭の極楽鳥花。
昼食は今日収穫したてのフリをその葉と炒めたものだ。そんなに硬くなく美味しかった。それから昼寝をし、フリの葉の作業に戻る。
魔王が葉を7cmほどに刻む。それを私はジップロックに押し込んでいく。これで凍らせておけばいつでも使えるはずだ。うまく行けば来年からもこうして保存しよう。畑の世話をして帰った。今日はビーツの種も蒔いた。タンカンの苗の内8本が芽が出ない。
ビーツは過去二度蒔いたが全て失敗に終わった。何がいけないのだろうか。
破傷風の2度目のワクチンを打ちにクニャへ行った。ついでに釣具屋へ寄る。この間の大阪行で弟から投げ竿とリールを貰ってきたが、これだけではまだ投げ釣りは出来ない。店主に必要なものを選んでもらい残りの道具を揃えた。これで投げ釣りが可能になった。
とは言え私は釣り初心者でやり方が分からない。だからトラボルタに教えてもらう事にした。トラボルタは年末ごろから本島へ出稼ぎに行っていたが、最近ようやく離島に帰って来た。そして早速新年会をしましょうと来た。もう3月も後半で新年もないものだが。社長のために一番小さい「れんと」を買った。
トラボルタとは夕方にと約束した。16時から18時の間ぐらいに来るだろう。屋外用にしている割れないプラスチックの皿を出し、アウトドアチェアを2脚準備した。一つは元から所有しているもの、もう一つはガードレール下の藪で見つけたものだ。
それで準備は終わってしまったので、校長室屋上にのぼり土下ろしをした。それから余ったビーツの種をプランターに蒔いた。それも終わってしまうとデッキに椅子を出し本を開く。
校庭に車のエンジン音が聞こえ、続いてドアの開閉する音が聞こえたので本を閉じた。
トラボルタにバーベキュー台を作ったと伝えてあったので、肉をたくさん買って来てくれていた。いいと言うのに焼酎まで呉れた。そしていつも絶対お金を受け取らないのでとても気を使う。シシの塊まで持って来てくれている。
まずは乾杯をする事にする。トラボルタは新年会だと思って来たようだが、実は今日は送別会だ。若くして亡くなった社長を送るのだ。聞けばまだ51歳だった。
お世話になったので線香ぐらいはあげたかったのに、通夜も葬式も身内だけですぐに済ませてしまったそうだ。だから私は感謝を示す機会がなかった。まあそういう事は生きている時に伝えなければ仕方がないが。
今夜は社長の通夜をするのだ。そうトラボルタに伝えて「れんと」を開ける。それを我々の分と社長の分、3つのお猪口に注いだ。社長の分は防波堤の上に置く。
「なんか粋っスね」とトラボルタが言った。そう言われるとなんだか粋な行いに思えて来た。さらに何か感動的な事を言おうと思い、生前の社長の恩を思い出してみる。
──焼きそばをよく奢ってくれた。バナナの木の芯も食べさせてくれた。シャケ弁当のシャケをよく呉れた。
それから、自身の同級生の飲食店をからかいに行かせ、私が怒られかけた事があった。
社長の友達の家に連れて行かれた時、社長はプランターのプチトマトをつまみにすると言って全部もいでしまった。
「ちょっと持っててごらん」
そう言って数十のプチトマトを私に持たせた。やがて家の人が出て来た時社長が言った。
「こいつトマトが食べたいと言って全部取ってしまった」
──それから、
最近のチェンソーでの怪我。社長を庇って人に言わなかったが、これは本当は社長の手伝いをしていて切ったのだ。もう亡くなったから庇う必要はなくなった。
社長が、病院に行くなら某と言う医者に行ってくれ。そこなら全てうまく処理してくれるから。と頼むのでそうした。全てうまく処理がどう言う意味かは聞かないでおいた。そこで社長の名前を出せば、治療費は全て社長に請求が行く。そう言うので素直に従った。
隠された雑居ビルの裏医者。その設定に似つかわしい容貌をあれこれ思い浮かべながら訪ねたその医院は、意外にも表通りに面していて綺麗だ。だが案外こういう所の方が怪しまれずに済むのだ。
受付の女の人に、共犯者の親しみを込め、声をひそめて言う。
「xxxxと言う人の紹介で来ました」
「どう言う人ですか?」
「えっと…社長をしている人なんですが…xxxxです。解りませんか?」
「聞いた事ないですね。労災ですか?」
「いや、違うんですけど、名前を出せば治療費を肩代わりすると言われて…」
「すみませんちょっと解らないです」
「そうですよね」
恥ずかしさで赤面しながら問診票を書いた。やがて処置室へ呼ばれたので今度は年配の看護師さんに聞いてみる。
「xxxxって人知りませんか?」
「ああ知ってるけど、労災?」
「いや、違うんですけど、なんか名前を出せば、病院代を後日代わりに払ってくれるって言われて…えっと親戚の一種で、」
「病院はツケなんてきかないよ」
「そうですよね」
回想から帰ってくる。いつのまにか眉間にシワが寄っていた。
「アホの…アホのリザードマンに!乾杯!」
「乾杯!T社長ってリザードマンだったんスね」
トカゲっぽいというのは去年トラボルタが言ったのだ。そしてそう言われてみれば社長の風貌には爬虫類感があった。しかし発言した本人は忘れているらしい。
「ヘビとかトカゲっぽくない?てかウラ(お前)が言ったんだけど」
「あー確かに、コモドオオトカゲに似てるチ思ってました」
リザードマンを偲ぶ夜が始まる。