すぐにいつもとの違いに気がついた。これまで入ってきた壕は10mも行かずに行き止まりだった。だがここは奥まで通路が伸びているようだ。どこまで伸びているのかは見えない。
入り口付近に幾つも投げ込まれているゴミや何かの残骸をまたぎ進む。薄っぺらいビーチサンダルで来たので、足元にはよく注意しよう。古釘などで傷を創らないように。
少し進むと左への通路が現れた。何とこの防空壕は分岐している。他のが埋められただけで、防空壕というのは本当はこういうものなのだろうか?とりあえずは直進し、1番奥を目指す。
左の通路はさらに別の通路と繋がっているようだ。
突然、左の通路から大量の大きな蛾が飛び出して周囲を飛び回り始めた。身体中にくっつかれるのを予想して嫌な気持ちになったが、器用に私を避ける。よく見るとそれらはコウモリだった。この島にコウモリが居たなんて知らなかった。新発見だ。
新発見といえば、集落の少年と海で遊んでいる時、海中に生えるウチワサボテンの群生を見つけた。あれは何だったのだろう。
コウモリは超音波で回避するのでぶつかってはこない。と解ってはいても、顔前を横切ると驚いて避けようとしてしまう。少し前から足元がぬかるんだ泥になっていた事も手伝い、歩みはどんどんゆっくりになる。
数メートル進むと右にも通路があったが、ここは崩落していた。外が少し見える。山の斜面に繋がっていたようだ。位置的に、おそらく先ほどの儀式跡付近に繋がっているのだろう。
泥濘はどんどん深くなる。足を引き抜いては沈め、一歩一歩慎重に進む。20cm少々はありそうな巨大なゲジが走り回っている。ついに通路の奥が見えた。と同時に、引き抜いた右足の甲からブチっとした感覚が伝わってきた。
それはビーチサンダルの鼻緒(?)が引きちぎれた感覚だった。
泥から引き抜く時、その負荷に耐えきれずに千切れたのだ。さらに一歩進むと同様に左のサンダルの鼻緒(?)も切れた。それでも進む。足の指の間をむにゅ、と通る泥が少し気持ち良い。
通路の奥がさらに左に折れているのが見える。そして泥濘地帯の終わりも。そこからは瓦礫地帯のようだ。素足では怪我をする。
通路のその先が気になるが、今日は退却すべきだ。好奇心よりも安全を優先できてこそ探検家だ。ここで引き返す。
泥濘を一歩一歩、私の勇退を讃えるコウモリたちの拍手に包まれながら生還した。
そして出口ではトラボルタとMさんが…こちらは讃えてくれない。サンダルどうしたんスか?その足で車乗らんといて下さいと冷たい。
海に入って足を洗い、帰路についた。次は長靴とヘルメットを持ってこよう。
さらに翌日夜。今日も暑かった。仕事中また1人倒れた。人がいないが明日からどうするんだろう。などぼんやり考えながらベッドでゴロゴロする。冷房を効かせた部屋は天国だ。
トラボルタから動画が送られてきた。夜釣りをしているらしい。釣果自慢かと見ると、海面下の魚のシルエットだった。判然としない。同時にメッセージも来た。見たことない魚!これ何?と書いてある。
正直何も見えない。
小学生ぐらいからこの離島で釣りをしているトラボルタが判からないのに私に判かるはずはないが、他にすることも無いので一緒に考えた。
それは1m以上はあって、口が尖ってワニみたいらしい。バラクーダに似ているが違うようだと言う。ではオキザヨリかなと送ったが、もっと太いと返ってくる。
この怪魚は逃げもせず、また餌にもルアーにも反応しないとのことだ。
こうしてダラダラゴロゴロしていると、スマホの画面に真っ赤なアナログ時計が表示された。どう操作しても解除できない。電源のオンオフでやっと消えたがとても不気味だ。魚どころではない。昨日の祟りだ。トラボルタにその旨伝えた。
直後、また赤い時計が現れた。スワイプすると今度はデジタル時計になった。
同じく黒背景に赤黒い文字で不気味だ。またスワイプする。文字が巨大になりひしめき合った。気持ち悪い。
さらにスワイプする。これが最後の画面らしい。それは写真付き時計だった。写真の色味も同様に赤と黒で、何が写っているのか分かりづらい。よく観察してみる。
写真には、何か乗り物に乗った人物が写っている。人物は黒塗りのシルエットで誰だか判らない。そしてこの場所は…この学校だ。廃校の校庭だ。
…なんだ、この間の校庭管理の写真か。つまらない。そうだ、トラボルタをからかおう。
赤黒い時計画面と写真付きカレンダーの画面をスクリーンショットで撮影し、独り怪魚と対峙している怖がりトラボルタに送った。「誰だかわからない黒い影が校庭にいる写真が出てきた!」と添え書きしておいた。すぐに、本当に心あたりの無い写真ですか?と返信が来た。
どう答えれば一番怖がるだろうかと考え、未読スルーを採択した。呪いで死んだ設定だ。彼は段々怪魚に不気味なものを感じ始めているらしかった。とどめだ。
後日、出勤の船に乗り合わせたトラボルタに怪魚は釣れたかと聞いた。彼は、怖くなってきたからあの後すぐに帰ったと答えた。かわいそうに。
思わず笑顔になる。