辺境にて

南洋幻想の涯て

サメ釣りナイトフィーバー 上

 釣りを始めて一年。なぜか始めた頃より釣れなくなった。しかし釣りの重要性は増す一方なので頑張らなくてはならない。これまでは味を濃くした少量のおかずと大量の米で満腹感を得ていた。だが、離島の離島だから元々安くはなかったその米が、米不足騒動以降更に高価になってしまった。実験的にご飯の量を減らしてみたものの一日中飢えに苛まれる。食後ですら空腹感を感じる。常に食べる事で頭が一杯になる。仕事に差し支える。まあお腹が一杯なら次はゲームの事を考え始めるだけなので大した違いはない。あのボス戦の時、ガードだと削り切られたので、次はなるべくステップで避けようとかそういうのだ。

 ゲームは兎も角、米が高価になればおかずの方を安価かつ大量に得なければならない。狩りだ。出来るかどうか悩んでいる場合ではない。とは言え気軽に空いた時間で行える狩猟は釣魚の方だ。方と言えば方向キーがニュートラルの状態でAボタンを押下するとバックステップになる。家計の火の車もこれで躱せたら良いのに。


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 そんな訳で釣りへは、これまで人に誘われた時しか行かなかったものだが、最近一人でもちょくちょく出かける。トラボルタぐらい釣れるようになれば食費は相当削減できるだろう。

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 なんでもやってくれる友だちがいない状態で釣りをすれば、切れた糸など当然自分で結ばなければならない。ようやく「電車結び」という結び方を自分で結べるようになった。他の結び方だってネットを見ながらなら出来る。


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廃校にハブが現れたので花子と命名山賊のお頭にあげた。

 やがて糸が結べるようになったという理由で段々と釣りが面白くなってきた。魚は釣れないのにおかしな事だが。先週からは餌釣りにも挑戦し始めた。ワームの動かし方が下手でも餌でなら釣れるはずだとの目算である。まあ誤算だった。

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クニャの港町の釣具屋は親切で、結び方実践動画を撮らせてくれた。これは付ける順番を説明してもらっている所。

 餌釣りの仕掛け一式は案外高かった。特にウキが1500円もするのが意外だった。失わないようにしなければならない。食費節減の為の釣りなのに本末転倒だ。餌も数百円するので現地のカニや貝などを捕まえる事にした。

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 まずは最近仕事の休憩中に見たチヌを狙いに出かける。桟橋の周りで無防備にたむろしていたのだ。

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 これまでのワームと違いウキや錘の付いた仕掛けは非常によく飛んだ。桟橋から斜め後方の魚群に投げた仕掛けは海を超えて集落へ飛び込んでしまった。次は加減をする。チヌの鼻っ柱に命中した。魚群は逃散した。

 ……結果は勿論空振りだ。知らなかったのだが、チヌと言う魚は非常に警戒心が強いそうだ。人の影が海面に映っただけでも駄目らしい。眼前に錘を投げ込んだのが良くなかった。

 翌日は天気が悪く仕事は休みになった。雨の止み間に出かけてみたがやはり駄目だ。

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 それからも現地の虫や貝がどんどん殉職しているが、まだ何も釣れないでいる。それでも食費節減の大義を掲げて出かけていく。虫には甚だ迷惑である。虫を食べる所まではまだ困っていない。

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 そんなある夜、トラボルタからサメを釣りませんかと誘いが来た。最近、彼の住むデイゴの集落の港内に出るらしい。

 アンモニア臭が酷いとか、揚げれば美味しいとか、兎に角サメが食べられる事は知っていたが、自分が食べるなど考えた事もなかった。何言ってんの、と即座に断った。しかしサメなら可食部も多そうだ。考え直して同行することにした。それにこの島の食文化を知る好機でもある。可食部も多そうだ。因みにサメは方言ではサバと言う。小歯だろうか?ややこしいのでサメと記す。お腹すいた。

 やがて廃校にトラボルタが現れ、デイゴの集落へと向かう。車中で聞かされた所によると、私の役割は餌となる小魚をワームで釣る事だそうだ。これが釣れないとサメ釣りは始まらないらしい。責任重大だ。一年の成果が問われる。

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因みに5回行けば1匹ぐらいは釣れる。

 デイゴ並木の行き止まりの船着場で車を降りる。なるほど、私でも一目でそれと判るサメのシルエットが3つ4つ、夜の水面下で楽しそうに踊っている。大きさは1メートル前後だろうか。釣りのトラボルタ先生はあえて自分の小物用竿を持って来ていない。サメ用の竿と仕掛けだけだ。弟子たる私を試すのだろう。そう聞いてみると「竿壊れたから」とそっけない返事が返ってきた。

 まあそもそも私は先月破門されている。船釣りに着いていったもののたった15分で船酔いし、半日何もせず帰ってきたのだ。これまでは「ノルマ5匹」「やっぱ1匹でも合格ス」と弟子に甘かったトラボルタ先生だが、この時ばかりは「多分釣りに向いてないス」と冷ややかだった。

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 そういった事もあり挽回のためちょっと頑張ってみた。しかし頑張ったかどうかと魚が釣れるかどうかは何も関係がない。1時間経った。何も釣れない。飽きてきた上に糸まで絡まってしまった。終わり終わり。「こうなると思った」と顔に書いてあるトラボルタが片付け始める。私は車へ向かって歩きながら未練のラスト1投を振り下ろした。途中で糸が電源タップ周辺みたいに絡まっている。当然大して飛ばない。

 しかし奇跡が起きた。タコ足配線の先のワームに何かが食いついたのだ。

 慌てて釣り上げる。餌にちょうど良いサイズのよくわからない魚が釣れた。トラボルタも見たことがないと言うその魚はエチオピア命名され早速餌になった。 

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  しかし悲劇が起きた。餌を釣るのに1時間もかけているうちにサメは全てどこかへ去っていたのだ。失意の内に帰途に着く。


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 今夜もハブが出る。この夜はハブ取り棒が無く代わりにタモ網があったので網で掬おうとした。当然隙間から逃げる。急いで専門家を呼ぶ。網で抑える→隙間からでるを繰り返し時間を稼ぐ。やがて到着した専門家(山賊)にハブは連行されて行った……。

 数日後、再びサメに挑みに出かける。天気は小雨。あまり出かけたくはないが、トラボルタがもうじき数ヶ月の出稼ぎで別の離島へ行ってしまうのだ。だから今夜しかない。

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後日、滝の集落のMさんも誘い、クニャでトラボルタのお別れ会をした。泥酔して色んな人に恥ずかしいラインを送っていた。翌朝気づいた。でも大丈夫!キーをニュートラルにしてAボタン、バックステップだ。