辺境にて

南洋幻想の涯て

カゲロウの島

 よく釣魚を食べさせてくれるお頭の兄が来年の初夏まで大阪へ行く。自分で自分の送別会をするそうだ。誘われたので参加する。

 その日はウシキャクで敬老会もある。朝八時に皆で集落の草刈りなどして綺麗にした。今日は本島や内地に住むウシキャク出身者も遥々来られる。会は昼前から公民館で執り行われた。
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 昔は相撲なども取っていたそうだが今はもう相撲を取る年齢のものがいない。だからただ食事会をするだけだ。75歳から高齢者だそうで、73歳のお婆さんが調理や配膳など忙しく働いているのがなんだか妙な光景に映る。

 もちろん私も積極的に手伝いをした。私について歩いていた小学生の少年も、遊んでいれば良いのによく手伝ってくれる。大人の社会の中で育つごく少数の子ども達。彼等は、余りにいい子過ぎるのではないかと心配になる事がある。少年は、次はどの人にビール持って行く?と私に聞く。

 14時頃、桟橋に外からのお客さん達を迎えに船が来た。太鼓をたたき、手を振って見送った。それから土俵の周りで八月踊をしよう、という事になったのだが誰一人として踊り方がわからなかった。土俵を囲んでみたのに、実は誰も踊りを知らず立ち尽くすのが白昼夢のようで面白かった。

 その後は椅子や机を最低限に減らし、夜まで宴会だ。私は前述のとおり送別会もあるので飲めない。ここではシシ害の話題が出た。

 猟師が減っているので今やシシは夜の集落を我が物顔で闊歩して回っている。畑も掘り返す。私もSちゃんの家にお呼ばれした帰りなどは必ず彼等に遭遇している。

 これから畑をして行く上では彼等ともっと直接対峙する場面も増えるだろう。そう言えば最近も、スュリのフギ畑にシシが入り込む騒動があった。

 サジョウホの製糖工場のフギ畑にシシが入って居座ったのだ。

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 魔王が鉄棒を持って加勢に行った。しばらく帰って来ないので私も庭の薪割り斧を持って手伝いに行った。

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 畑では製糖工場の4、5名と魔王が輪になって雑談をしていた。皆私の斧を見て笑った。シシは素早いから軽い武器でないと打てないと言う。皆の手元には短いゴルフクラブがあった。結局その日はそのまま解散した。

 そういう事もあったので、集落の人達から猟師免許だけでも取ってみたら、と勧められた。素直な私は少し真剣に考えてみる事にした。

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余った弁当を貰った!

 夕方になったので集落の宴会を抜け、今度はお頭の兄の送別会へ向かった。

 アクトクにはまだお頭兄弟とビーグルしかいない。今日は豪勢に行くそうで、肉屋に注文しておいたという大変高価そうな肉が木箱に納められ並んでいた。

 数枚取り出して焼いて食べた。私の舌では判らないが、柔らかくてとても良いものの様だ。日が暮れるにつれ人も増えてきたのでどんどん焼いた。


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 いつもの罠猟師さんも来たので、私も罠猟師の資格を取ろうかと思っている、と打ち明けた。するとそこに居た一同から、片手間にできるものではないだの簡単なものではないだの散々やっつけられた。素直な私は、では辞めようという気持ちになった。

 夜も遅く、気が付けばもう火を囲むものはほとんど居ない。残っているのは訳のわからなくなった酔漢ばかりだ。何故かお頭の敷地内からアマゾンの人がやってきた。お頭から、アマゾンの人は裸足で外を歩き回って平気で畳の上に上がったり、頼んだ仕事を放り出して友達の所へ行ってしまったりと傍若無人だから追い出した、と聞いていた。今彼はアクトクの空き家に住んでいる。

 しかし普通に出てきた。お頭のいう事も話半分でちょうど良い事が分かっているので特に意外ではなかった。追い出したなんて勇ましく表現しすぎたのだろう。アマゾンの人は、50代ぐらいのヒッピー風女性、それに最近すっかり見なくなった火星人を伴っている。この3名は最近いつも一緒に居る様だ。一度、トラボと共にアマゾンの人の住む空き家を覗きに行った事があるのだが、やはりこの3名が一緒に居た。

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 原始的な生活をするとかで電気の契約はしておらず、室内は真っ暗であった。そして居間のような所に三人固まり、テーブルに置いた蝋燭を囲んでいた。暗かった為か、カルトの秘密の寺院、といった物々しい雰囲気を感じた。

 この南の島にはヒッピー系と呼ばれる勢力が居る。彼等は都会から逃避してきた為後が無く攻撃的で、特にヒッピー系同士が争った場合は熾烈を極める。と、彼等を敬遠している島人勢力から聞いた。だからこの情報は公平ではないかもしれない。それにヒッピーというよりはインドや東南アジアの文化に染まっている風に見える。だからヒッピーではなくヒッピー系だの民族系だのと呼ばれているのだろう。

 Sちゃんは本島側で、ヨットに乗ったヒッピー系の喧嘩を見たという。ヒッピー系男性が、ヒッピー系女性に「僕はそんな事を言っているんじゃないんだよぉ!」と怒鳴りながら、海にドラゴンフルーツを投げ捨てていたのだそうだ。ドラゴンをそんな風に扱ってはいけない。

 本家のヒッピーカルチャーは衰退期には暴力事件を頻発させ、ついに若者が離れていったと、これは内地で本ヒッピーから聞いた。内地には色々なジャンルの人間がひしめき合っていたので、大した興味もなく聞き流していたが、学生闘争のようなブームだったのだろうか。

 今の所私はヒッピー系の人達とも友好的に過ごしている。まあ私に何の主義主張もない為衝突する部分が無いからかもしれないが。アマゾンの人も話をしてみて私を論破だの教導だの試みる事もない。というか彼と会う時に限って酔っているのでよく憶えていない。たしか彼は原始共産制を目指している。

 南の島には、こう言った人々に夢を見せ誘い込む力がある。その中にあっても夢と実際の着地点を見つけ、現地社会の中で何らかの形をもって夢を果たして納まる者から、あくまで理想郷を創出し、その中での生活を目指す者まで様々である。アマゾンの人、ヒッピー系の女性、火星人の3人は原始共産制をどう表現していくのだろうか。

 この離島は、連綿と暮らしてきた人々と「普通の」移住者が暮らす現実の島と、南洋幻想を求めて行き着いた人の見る非現実の島の重ね合わせで存在している。

 この離島の名の由来は、「影」または「かげろう」であると聞いた事がある。

 

とんぼ。