辺境にて

南洋幻想の涯て

外界製の歯車

 

 ここへ来て最初の年が終わる。

 魔王の熱帯果樹農園と老後を手伝いつつ自分の人生も楽しもうと期待を持って来島したが、彼の変わらぬ、むしろ老化で磨きのかかった独裁者ぶりにそんな期待は裏切られてしまった。弟妹は島へ渡るのを止めてくれていたが私も魔王の遺伝か人の忠告には返ってムキになり耳をかさない。

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 そして彼の魔王もまた10年ちょっと共に過ごしただけの子供らよりも永年かけて築いた自分の島内世界の方に愛着が深い様だ。私の弟妹、つまり彼の子らの事は滅多に話題にはならない。自分から話題にする事などは皆無といって良い。今夏、弟夫婦が彼らの子を連れて遊びに来た時は後半迷惑そうな様子すらあった。1日皆で本島へ遊びに行った日は、私には冷たくされるし弟一家の輪にも入りにくそうで今思えば少し可哀想なことをした。

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 魔王のくだらないたくさんの規則も、急に出現した私を彼のもはや硬直化した生活ルーティンに今更組み込む必要に迫られ、何とか自社規格に矯正すべく設けたものではないだろうか。魔王の彼女?(島中の人はそう看做しているが魔王本人は否定、歳は多分60ぐらい)や取り巻きが分類される「身近な人々カテゴリ」の中に私を押し込んで一律処理しようと試みる。こうすればルーティンの書き直しは最小で済む。私の来る前と後で何も変わらなければ彼も生活を殆ど変えなくて良い。

 しかし私は全く違う価値観を押し付けられていると感じ、魔王の試みに反感を抱く。

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 島の人から島の住み心地を尋ねられる度に束縛されいい加減うんざりしているとこぼしたり、変な校則レベルの規則の数々を面白おかしく語って聞かせた。田舎は噂の回るのが早い。魔王は高い自尊心が祟って案外敵も多いと知った。ビッグダディというあだ名もあったらしい。知らない単語だったので調べてみたら魔王と同じ様なタイプの人種が出てきた。

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 それらの反抗的な活動が奏功したのか彼女?が何か言ってくれたのか(彼女?は今の所結構良い人である)魔王は急に色々な下らない禁止事項を無かった事にし始め、というか一部は言った事をボケて忘れていて兎に角まあまあ自由になった。好きな服を着て良いし酒も飲んで良く、昔から敵視警戒していた本島側港町での外泊も許可された。これらも全て禁止した覚えはないと言い張っている。本気で言っている様で少し可哀想になった。

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 島から出てはいけない謎ルールは、外に出すとそのまま帰ってこないかも知れないと不安になっているのではないかと聞いた。これはあちこちから異口同音に聞いたので本人が周囲にそう語っているのかも知れない。

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 自分の人間関係が少しでき始めると魔王は自分で語るほど偉大でも有名人でもなく、そういう地位ある知り合いがいるだけの夢見がちな老人に過ぎないことが解り始めた。箱庭の外には興味も無く、本島側の港町の飲食店の話や日雇いに来た地元の人物の話をしても通じない事が度々あった。

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 ある日、魔王と冷凍の吉野家を食べた。魔王は吉野家は知っていたが松屋すき家も知らなかった。

 彼にはこの離島が世界の全てで都会はあくせく働いて人生を浪費するだけの無価値な世界だと頑に主張する。内地を自ら蔑視し捨てたというスタンスを守らなければならない為だ。それでも彼の中年期には本島側にも時々飲みにいっていたようだ。今ではもう本島側にすら余程の用がないと渡らない。

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 魔王の彼女?と彼の箱庭で安らかに閉じていた世界。私とは14年、妹に至ってはたった5年の付き合いで関係のとうに希薄になった彼にしてみれば、急に老後をみると宣言し現れた私こそ平和な小さい箱庭への闖入者だったのかもしれない。結局私もまた独善的な魔物だったのだ。

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 周辺の親切な方々の助言通り来年は老魔王へ気を遣うのは程々にしてどこへでも行こう。そしてまたちゃんと島に戻ってくるところを見せて安心させてあげよう。