辺境にて

南洋幻想の涯て

鉄の処女作

 校長室(正確には校長住宅と言う)の廊下の襖は、住み着いた当初から劣化を極めていた。屋根自体が下がっているので少しひしゃげて途中までしか開閉しない。

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 襖自体も襖紙(もう剥がして捨てた)は虫に食い荒らされベニヤ板はささくれており汚い。同集落に渡り鳥のように期間限定で居る、珊瑚垣の島Sちゃんに改修工事をお願いした。Sちゃんは内地の家に2ヶ月、この集落の借家に2ヶ月と4ヶ月のサイクルで行ったり来たりしている人物である。

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色々な道具を準備して来てくれた。

 彼は珊瑚垣の島で生まれ育った後、定年まで内地の大手テレビ局に勤めていた。社内でも偉いさんだったようだ。かつての仕事の話も時々聞けて面白い。コマーシャルの時に映像を繋ぐ緊張感や、スポンサーのライバル企業の商品を映さないよう苦慮する話、私には無縁の世界だ。彼は昭和天皇崩御の時、緊急特番を流した経験もあるそうだ。

 そんなSちゃんはスタジオのセット(今は業者に発注する事がほとんどらしい)なども作る事があり、日曜大工の腕はそこで培われたようだ。

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魔王の宿改修工事も手伝ってくれていた。

 また「生き馬の目を抜く」と言われる業界にいたためか、伝えたい事を察する能力も高いようだ。説明がヘタクソな私の「ふすまが汚くて天井が下がったので廊下に壁を作って下さい」という、因果関係のよくわからないお願いも理解してくれた。工具やビス類を準備して来島してくれると言った。

 そしてSちゃんがまた内地から来た夜、私はいつも通りに夕飯をたかりに行っていた。そこで1枚の図面を渡された。校長室の壁設計図だ。ちゃんと定規で直線を引いてある。そこから私はデザインについて細かいこだわり──自分でもどっちでも良くなるような些事まで、伝え落とし込んでいった。

 材料を計算し、本島側クニャの材木屋に注文をした。材木はフェリーで来るのでT産業の軽バンを借り、校長室に運び込んだ。


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 作業は、数日に一度林業を休み、Sちゃんと2人で行う。私は手元(手伝い)だ。材木は使う前に乾燥させ反りを最小限にする。

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 潰れ襖も捨てず有効活用する設計になっている。骨組みとして壁に埋める。


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 Sちゃんの指示に従い作業を進める。初日は廊下側の壁がほとんど終わった。これだけでも見ちがえるようだ。

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 山小屋のような雰囲気になった。良い感じだ。


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休憩にホットミルクを作った。

 大工をしてくれるだけでも有り難いのにほぼ毎晩夕食に呼んでくれるSちゃん。彼を追って、内地から奥さん、娘さん、孫娘も短い休暇に来ており夕食は賑やかだ。


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 道具の使い方も教えてくれるので丸鋸が少し上手になった。島の人は少々の大工は自分でしてしまう。私も簡単な木工は出来るようになろう。


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 3日目にはドアも完成し、とても良い雰囲気になった。白いペンキを塗ってマリンスタイルにしようと思っていたが、何も塗らない暖かい雰囲気も良いかもしれない。

 因みに寝室のベッドは魔王が作ってくれた。本当に島人というのは、何でもまず自分の力で挑戦してみるものだ。


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 後はビス跡に木ダボを入れたりと細かい仕上げをし、完成だ。

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お礼にSちゃん家でタコライスを作った。

 潰れ襖はとても格好良くなった。Sちゃんはさらに私のタンカンの植え付けまで手伝ってくれている。なんて良い人なのだろう。

 


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改修前

 ↓


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改修後

 

 施工は無事終わり、端材が出た。Sちゃんの手伝いをしていて道具の使い方や工作方法を学び吸収した私は、それらで木箱を作ってみる事にした。天板の傾いたミシン台なら作った事があるが、箱は初挑戦になる。

 だが箱程度で設計図など必要ないだろう。考えながら作れば良い。寸法もいちいち計らなくともぴたりと合う部材を見つけ、器用に組み合わせていく。こうしてリビングに散らばる端材は、魔法のように木箱へと生まれ変わっていく。

 などと上手くはいかなかった。

 端材を並べてみたときは何となく上手くいきそうだったのだが、いざ釘を打ち始めるとあちこち歪んでくる。歪みを矯正するために無理矢理押さえ込み、そのフラストレーションを釘で固定する。

 木箱は抑圧に反発して内面が段々と歪んでいく。ともすれば分裂しようとする。最後は脚で固め技をかけながら強引に釘を打った。また釘は思ったより長く、木箱の内側に貫通してしまった

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 中の物は慎重に取り出さなければ腕ごと鉤裂きになるだろう。

 こうして中世の拷問器具のような箱が完成した。

 

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