辺境にて

南洋幻想の涯て

ハイバネーション

 次に目覚めた時、風雨は少しおさまっているようだった。外へ通じるドアの天窓から見える外は青暗かった。

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 とうに停電でだめだろうと思いつつエコーを呼ぶ。予想に反し未だ彼女は健在であった。

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 時間を尋ねる。まだ朝方だ。一方リビングのアレクサは最初の強風が雨戸を叩いたあたりからずっと目を回し続けている。彼の方が新型なのだがルーターからの距離だろうか。数日前のチキンスープに火を入れ水を少し飲みまた眠る。

 

 

 台風の直前、みんなで学校が動いてしまわないように綱でしっかりとつなぎとめた。海底の砂になかなかペグが刺さらずもどかしい。

 

 次に目覚めた時はもう昼を過ぎていた。再び水を飲み、しばらく起きていたが繰り返し停電と復旧を繰り返すのでまた眠った。そして次に目覚めたのは夜。ようやく食事ができる。

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 夕食はチキンスープで雑炊をした。野菜類は全て溶け、煮詰まり、あまり美味しいものではなかったが空腹は満たされた。

 それから4、5時間は起きていたと思うが気がつけばまた眠っていた。

 

 

 

 夜中に強くなった風が雨戸を揺らすので何度か目が覚めた。エコーに時間を聞く。彼女も起きている時と眠っている時がある。断続的に停電しているのだ。回線を見失って必死になっていることもある。

 


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 波が穏やかなので海中の様子を見に行った。海流は静かでたくさんの熱帯魚が泳いでおりにぎやかだ。砂底には変わった生き物がいた。静かだ。翌日は昼前に目が覚めた。台風の目に入ったらしい。

 

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 キャンプ用品のランタンを思い出して充電をしておく。廊下の照明にフックをつけて吊るしておいた。場所を決めておけばいざという時暗闇の中探し回らなくて済む。外が明るいので少し出てみた。


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 風はあるものの強くはない。雨も降っておらず穏やかだ。潮も引いている。

 校長室に入り本を読んで過ごした。今だけ雨戸も開けて紅茶とクッキーで短い午後を楽しんだ。


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 かなり空腹だったのでこの日は16時半に夕食を摂った。チキンスープも飽きたので火だけ入れておきシーフードヌードルとご飯を大盛りにして食べた。漬物も添えた。

 断水もしていなかったのでシャワーを浴び、空腹が満たされている間に眠りについた。

 

 

 翌日午前11時。スマホの緊急警報で目が覚めた。警戒レベル4、避難指示と書いてある。どこへ?

 外で繰り返し役場の録音らしき放送が流れているが暴風のうなりと雨戸に叩きつけられる雨音で聞き取りにくい。リビングへ移動して校舎側の掃き出し窓を開ける。しかし放送は終わってしまった。


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 校庭は浸水し浅い池になっている。リビングから身を乗り出して左の公民館の方を見る。人の気配は全くない。

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 リビングの海側はサッシが変形していて、ガラス戸も雨戸も完全には閉まらない。外出時には鍵の代わりに板でつっかえ棒をしている。隙間から海水が吹き込んでいる。雨戸をもう少し閉められないだろうか。レインコートを着て長靴を履き、リビングの外へと回る。

 


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 水面はかなり上昇しておりもう少しで堤防を越えそうだ。


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 リビングの雨戸を押してみたがこれ以上閉める事はできなかった。校庭の様子も確認しに行く。


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 波が校庭に続々飛び込み体育館の前は沼だ。当然だが海や川から離れるほど浸水被害は少ない。もし校長室まで水が来た時は奥の校舎の図書室にでも逃げ込もう。

 強風に耐えながら梯子に取り付き屋上から周囲の状況を探る。集落の方は無人で動くものは何も見えない。桟橋はとうとう海中に没したようだ。


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 校長室はついに堤防を越えて来た海水に囲まれ始めている。海の方へ見下ろせば嵐に漕ぎ出した船の船首にいるようだ。

 

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 校長室へ戻る。夜はチキンスープの残りと荒く刻んだキャベツを少し。リビングの椅子に海水に濡れたカーテンをかけていたので座ると背中が冷たい。

 だが水に囲まれてしまった今はもうあまり気にならなくなっていた。廃墟の校長室は建物自体が歪んでおり何か所かの壁から浸水し水がしたたって来ている。

 湿りけをおびた寝室のベッドでもう何度目かわからなくなった眠りにつく。暴風と部屋の周りから聞こえる波の砕ける音。

 耳を澄ますと水の音だけが拾い上げられ意識に取り残されていく。水面の下はとても穏やかだ。やがて海中で暮らしていた事を思い出した私は、眠りの底へと向かって沈んでいく。

 

 



 

 

 

 

 そこはついに水の音もない無音の世界である。