辺境にて

南洋幻想の涯て

夏眠の終わり

 寝室に籠り眠っては覚め、確か5日が過ぎた。明日の昼にはようやく暴風圏を抜ける予報になっている。

 時々役場の放送が外から聞こえる。土砂崩れで通行不能になった道の事、クリーンセンターを閉鎖した事。悪いニュースばかりだ。だが幸い台風での死傷者の話はまだ聞かない。


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 繰り返される災害でインフラがどんどん失われ、人員も高齢化から順番に亡くなってゆく。故地スュリも、このままなら私が集落最後の一人になる。スュリの名もその時消えるであろう。

 

 トラボルタが遊びに行きましょうと電話をしてきた。いや校庭が沈んでるけど。と返したが、余裕です、と言うので遊ぶ事にした。折角終末ごっこに浸っていたのにこう明るい調子で来られては台無しだ。

 まあ一日一食で眠り続けるなんて極端な行動に走ったので食料にかなり余裕が出てきた。そろそろ遊びに出かけてもいいだろう。海の夢ももう一生分はみた。

 トラボルタが到着したので外へ出てみた。潮が引いて校庭も元に戻っている。暇を潰せそうな所を探して出発する。そこから先はいつもと変わり映えがしないので簡単に記す。

 

 肉を求めてたどり着いたお頭の屋敷には何故かマンゴーしか無かった。少し持ち出して火星人にあげた。トラボルタの親戚を、初対面も含めて数件回った。どこへ行っても何もでなかった。ビールは出た。食糧難なのに押しかけて迷惑だったのではと後になり恥じた。

 空腹が極まったので廃校に帰りご飯を炊き、冷凍豚肉と黒ずんできたキャベツをオイスターソースで炒めて食べた。


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 翌朝はまだ暴風圏内だったがスュリの畑へ出た。台風の後始末とマンゴーの剪定を終わらせて日雇いの再開に備えておこう。バイクが風で持っていかれるのでスリルを味わえた。

 

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ベンガル嬢。

 マンゴーはごく僅かなものを残して壊滅していた。予約分の残りもほとんど断る事になってしまった。マンゴーは単価が高く人気もあるのだが出荷時期と台風シーズンが重複しているというリスクがある。

 一方ドラゴンは。

 自分の幼ドラゴン園を歩いて見回る。蕾をつけたり触手を伸ばしたり元気いっぱいだ。


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左:蕾。切れば中はぬるっとしていていかにも体に良さそうだ。右:触手。気根といって大気中の水分を摂ったり硬いものに巻き付けて体を支えたりする。

 蕾は天ぷらにすると美味しい。私のドラゴンからの初めてのプレゼントとして有難く受け取っておいた。

 魔王のドラゴンも大きな花をたくさん咲かせていてとても健康だった。

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数日前に咲き終えた花。

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今夜辺り咲く花。

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触手の使い方。

 台風の最中に魔王は一度ドラゴン園の様子を見てみたそうだ。そこには暴風で揺れしなる防風林と、びくともしないドラゴン達という対照的な光景が有ったらしい。強靭だ。これでもっと果実に人気があれば…。

 食べ頃のドラゴンを収穫した。しかし船が来ないので観光客も来ない。市場に出しても残ってしまうので今日の分は寄付する事にした。魔王が理事をしている老人ホームへ持って行った。


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 次にマンゴーの剪定にかかる。

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 かなりばっさりと切っていくが、来年の枝や仕立て方なども想像してかからなければならないので時間がかかる。正直私は自信がないので魔王に細かく聞きながら剪定を進めていく。この日は全体の6分の1しか終わらなかった。

 夕方にはようやく風雨も収まりだした。これほど長く影響のあった台風は珍しいとの事だ。島の古い人でも数える程しか経験がないという。その代わりなのか何なのか、風と雨いずれも弱かった。そして今日から復旧作業が始まる。

 一年暮らして分ったのだがこの島の春夏秋冬は次のような構成になっている。

「虫の吸血」「台風と虫」「蜂祭り」「平和」