辺境にて

南洋幻想の涯て

台風モラトリアム 0.

 台風が島の南を通過する。

 勢力が強いようだから念のために農作物の台風対策をしておこう、と魔王は言った。私と同集落のSちゃん兄弟にも助力を頼み、農地の在るスュリを目指す。風雨が強くバイクは危険なのでSちゃんの車に乗せてもらう事にした。校長室で待つ。

 風がこの世の終わりのように唸っている。校長室は海が目の前にある。兎に角風当たりが強く大迫力だ。

 だが学校は鉄筋コンクリート製の建物だ。安心できる。廃墟だからあくまである程度だが。鉄筋が剥き出しになっている部分がある。心配だ。

 Sちゃん兄弟が校庭に着いたというので校長室を出た。


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 護岸に叩きつけられた海水で一の廓まで陥落している。校庭へ周り車に乗せてもらった。この間植えた唐辛子の苗が萎れている。

 

 スュリはまだ静かだった。荒れてくる前に急いで台風対策にかかる。主にマンゴーのビニールハウスだ。

 密閉してしまい、補強のバネでビニールを押さえる。こうすれば風の抵抗が最小限になりハウスが飛ばされにくくなる。

 しかしハウス内が高温になるため中の作物はダメージを受ける。だからこの「防御の構え」は長くは出来ない。台風の近づくぎりぎりまで待ち、台風が去れば直ちに開放して温度を下げる。

 Sちゃん兄弟と手分けしてバネを入れていく。もう何度も経験しているので私のバネ入れは早い。そして台風でテンションの高くなった私の労働力はさらに普段の数倍だ。号して百万。誰も私を止めることはできない。


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 次に屋根を網で抑えるため脚立を上りハウスの上に出る。見晴らしが良い。


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 下で皆懸命に働いているが向こうから私は見えない。向こうから私は見えない。急速に労働力は減少し、4ぐらいになった。

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誰も見ていないなら休憩だ!

 あとはドラゴンだが彼らは台風に強い。それどころか潮風でミネラルを補給できるので喜んでいる。彼らは放っておいた。
 対策をした後はもう祈るだけだ。Sちゃん兄弟と廃校のある集落へ帰った。

 

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 まだ昼にもなっていないが今日はもうする事もない。暴風の音を聞きながら少し眠った。

 昼のチャイムで目が覚めた。台風の後はしばらく経つまで食料が手に入らない。だから朝に続いて昼食も抜きだ。節約だ。

 島の食料は本土から船で届く。それはこの離島だけでなく本島側のスーパーでさえ同じだ。本土からの船が来るまではスーパーはどこも空っぽのままだ。まあどの道離島から出る手段が無いのでスーパーには行けない。

 という訳で今ある食料は大事にしなければならない。一日一食だ。エネルギーを使わないようにベッドで本を読んで過ごす。ゲームもやがて停電すれば出来なくなる。そうなれば後は蝋燭の灯りで生活だ。先日の宴会の焼酎があるからこれで過ごそう。断水も怖い。

 いろいろな事が頭を駆け巡る。やがて気がつけばまた眠っていた。

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 夕方、Sちゃんの奥さんが「シブリの炊いたん」を呉れると言うので貰いに行った。ついでにSちゃん家唯一の飲酒者である義弟さんを誘い、校長室で酒を飲んだ。

 内地で教員をしていた義弟さんはなんと校長先生も務めた事があるらしい。今は定年を迎え嘱託だそうである。

 夕食の時間になり義弟さんは帰って行った。私は「シブリの炊いたん」を食べた。なんと豚肉も炊き込んである!最高だ。


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 まずシブリでご飯を半分まで食べ、さらにご飯を足して肉と汁をかけ牛丼風にした。幸せだったが貴重な米を初日から大量消費してしまった。気をつけよう。

 洗い物をしていて山賊のお頭からの不在着信に気がついた。しまった。きっと焼肉の誘いだ。一食ありつけたのに。

 シャワーを浴びそれからはもう何もする事がないのでベッドに横たわる。トラボルタから遊びに行って良いかとLINEが来た。皆暇を持て余しているようだ。

 九時半には着くというから校長室中の電気を消した。やがて約束の時間にやや遅れてトラボルタが恐々と入室して来た。スマホの灯りで廊下を恐る恐る歩いている。

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 足音が寝室の前に差し掛かった時、戸板の隙間からバンッと右腕を突き出した。トラボルタは思ったほどには悲鳴をあげなかった。なんだかしょんぼりしている。

 西の港に置きっぱなしになっているT産業の軽自動車。それをたまには走らせておいてくれとトラボルタは幹部に頼まれているのだそうだ。だから今日乗ってきたのだがタイヤが校舎脇の溝に落ちたらしい。とりあえず見に行った。


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清々しいまでにはまっている。

 校舎に使えそうなものがないか探す。柱が二本あったのでこれをタイヤの下に蹴り込んで脱出させた。トラボルタは大喜びした。

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 校長室で乾杯をする。

 トラボルタが、今週いっぱいは食料が手に入りませんねと言った。数日程度だろうと聞き返したが今週はダメですよと言う。しまった、数日だと思っていた。

 彼も私が大した備えをしていない事を見越していたらしく、わざわざ冷凍肉を買ってきてくれていた。なんていいヤツなんだ。

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 そういえば彼は女癖が悪いと聞いていたが話を大袈裟にされているだけらしい。不道徳な事は何もしていないと主張する。おまけにそのエピソードというのは10年近くも昔、彼が高校生の時の話らしい。

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 彼は珍しく興奮して熱弁をふるっていた。余程周囲からしつこく言われてきたのだろう。少し可哀想になった。

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 私は彼を信じよう。それにしても


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 おいしそうな冷凍肉だ。彼が悪人でないという事はこの赤身の色をみれば簡単に解る。

 台風はそろそろ通り過ぎた頃だろう。食糧はどうにかもちそうだ。進路予報を検索してみる。

 

 

 

 

 

 

 台風は大陸にぶつかって跳ね返ってきていた。もうお終いだ。

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