辺境にて

南洋幻想の涯て

地獄の山と血と骨、それから朝礼

注意:この記事には血の写真と描写が有ります。

 山の崩れの現場には3人しか居ない。居ないものは仕方がないので3人で挑む。バードバード(嫌だ嫌だ)と言いながらもそれなりに早いペースで進んでいる。

 どうにか一箇所目の崩れは片付いた。二箇所目は更に危険で条件が悪い。その崩れの攻略が始まった日から3人目が来なくなった。だからフレンドリーな幹部と私、たった2人で仕事を続ける。崩れの右側を、私は麓から幹部は中腹からそれぞれ攻め上がる。中腹の幹部には午前中で追いついたので午後からは2人で頂上を目指した。


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 こうして普段の草刈り伐採より少々危険な仕事をして畑に寄り、ようやく廃校に帰ると校長室の傍に木造の構造物ができている。

 

 朝、海を渡り山を目指す。昨日の続きだ。山の右コースは中腹の上下2箇所が垂直になっており、その間はシダに覆われている。木を伐倒し崖側に倒したり投げたりしながらシダも切って進む。


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 シダを切ると茎?はなぜか必ず注射針の形になる。この3mm径前後の茎?はそれなりに硬さもある。切れば切るほど辺り一面注射針の山になる。薄いコンプレッションウェア一枚の私の上半身にチクチクとよく刺さる。片手が重いチェンソーで塞がっているので滑って急斜面に腹ばいになったり膝を付いたりする。目に刺さると危険なのでシールドを下ろす。地獄だ。

 

 山を降り海を渡り畑に寄って廃校に帰る。木造の構造物は昨日よりも複雑になっており、低い櫓のようになった。焦げ茶色の防腐剤が塗ってある。

 

 翌日からはちゃんと上着を着て崩れに挑む。暑いが刺し傷を受けつつ恐々作業をするよりマシだ。崖の直下に生えている木を初めての安全帯装用で切った。崖にぶら下がるのは思ったよりは怖くなかった。


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 天気が悪く小雨が降っている。それでもバードバードと言い合いながら崖上を目指す。

 夕方ごろようやく頂上に着いた。あとはこの一帯と左ルートを伐倒し、ワイヤーと重機でそれらの木々を片付ければこの仕事も終わる。

 

 海を渡り廃校に帰る。構造物の成長は止まっている。雨に濡れたそれは夕方の曇光を受け、淡い輝きをたたえている。

 

 翌朝、T社長に言われている仕事をした。いつもの雑木斃しの仕事だ。やがて腕が疲れ下ろした。前に出ていた左脚の脛にコンと当たる。たったそれだけで丈夫な作業ズボンに小さい穴が空いた

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 それからも終日働く。早朝、当てた脛の布がしっとりと赤い。ちゃんとチャップス(下肢防護服)を着用しなかったからだ。だが痛みは無いので大した事は無いだろう。

 今日からはユンボが来て走り回っている。運転手が命知らずで有名な人(なぜか皆本名を知らない)だそうで、我々が挑んでいる崖へも、ジグザグにかなりの高さまで登って行く。木どころかユンボと心中の可能性が出てきた。冗談じゃない。重機と三途の川へ向かっても河川工事が始まるだけだ。死んでもブルーカラーかよ。

 帰りの船で裾をたくし上げ、初めて傷の様子を見た。500円玉程の幅でパックリと深く割れている。その高さ5mm程の裂け目に乾きかけの血と、奥には脂肪のような白いものがこびりついている。思ったより大きな怪我だった。それでも何故か少しも痛く無い。今日は畑はやめ廃校に帰った。

 脛に傷持つ身で山を這い回れば黴菌が入る。だから人手不足の所申し訳ないがしばらく休もう。それから日雇い人足のようなものとは言え、ちゃんと林業社長には連絡しておかなければ。

 社長は今日はとりあえず焼酎で消毒して明日病院に行けとアドバイスをくれた。焼酎をかけるととても沁み、涙が出た。夜は木工棟梁の家に食べに行った。

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ランタンと獣避け鈴を持って廃校を出る。新種の都市伝説以外の何者でもない。

 そこで破傷風の恐ろしさを知ったので素直な私は怖くなり、傷口にこれでもかとマキロンを注入した。パックリと開いた傷口で一つ目妖怪みたいになった私の脛の眼からは涙が溢れ、脚を伝い流れる。

 その夜も、翌朝木工棟梁に港へ送ってもらう間も、不気味なぐらい痛みが無い。破傷風の予防注射を受け、脚の傷を縫ってもらい、帰島する。脂肪だと思っていた白いものは骨だった。


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八針縫った。末広がりだ。傷口が。

 

 朝、廃校の構造物に魔王が来る。この構造物は釣り用のデッキである。私が林業の仕事に行く間に少しづつ作ってくれていたのだ。デッキには魔王が朝礼台の階段を付けてくれた。朝礼台自体はとっくの昔に無くなっており、階段だけが傍らに棄てられていたのだ。完成したので魔王は帰った。

 夜、ランタンを吊ってみたが思いの外暗い。雰囲気だけはとても良い。食事や釣りぐらいだと充分に思うが人を招くと苦情が出そうだ。


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 朝、校長室を出て小さなデッキを見る。金属の階段のついたそれはどう見ても朝礼台だ。登壇し、朝日できらめく海面を見下ろす。

 「みなさん、怪我にはくれぐれも注意しましょう」

 潮の引いた浅い海でムジン(小さい魚)の群れが一斉に跳ねた。

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