辺境にて

南洋幻想の涯て

恐るべき腐敗の女神

 脛を縫ってから外にも出られず退屈な日が続く。通院は同集落の木工棟梁が港まで送迎してくれるので助かる。

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 二日に一度海を渡り病院へ行く。消毒とガーゼの交換と、先生の傷口観察のバリューセットだ。これらはたった5分で終わってしまうのだが、船の時間の都合で通院は半日仕事になる。

 フェリーは片道270円、定期船は400円だ。働くことも出来ず無収入なので手痛い出費だ。ついでに脚も痛い。

 

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 クニャで車に乗せてもらっている時、久しぶりに「イスラム自転車の人」を見た。自転車に掲示された文字は「バカ」に変わっていた。相変わらず意味がわからない。横を集団で通る中学生たちは見て見ぬふりをしていた。

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 農業の本などを読んで勉強もしているのだが、それだけでは毎日が暇で仕方がない。遊び友達のトラボルタは出稼ぎに行っており3月まで帰って来ないし、山賊のお頭は夏の終わり頃に彼女が出来てから全然肉を食べさせてくれない。あの界隈の人によると路上肉自体長らく開催されていないそうだ。お頭には春かも知れないが私たちの胃袋には冬の時代だ。

 今唯一の楽しみは、週に一度か二度の妹とのネットゲームだ。3週間程前から私と妹は「腐敗の女神マレニア」と言う義手義足の女剣士に挑んでいる。彼女はこのゲームでトップクラスの強さを誇るボスだそうだ。

 私と妹は出血させられる武器を持ちマレニアを挟み撃ちにし、出血(HPの一定割合ダメージ)を狙って戦っている。しかし全然勝てない。

 そうして出血を狙って戦うある日の夕方、マグロを食べていると、妹から血まみれの手とシンクの写真が送られてきた。キャベツを切っていて指を深く切ったのだそうだ。どうしたら良い?と添えられている。圧迫で出血を抑え、母の帰りを待って病院へ連れて行ってもらうように伝えた。

 血が止まらなくて寒くなって来たなど心配になる事を言うが、小指を切ったぐらいで救急車は呼んではいけないだろうという結論になった。妹は6針縫った。

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 マレニアの祟りだなんて冗談を交わしながらまた挑み続けた。

 そして妹の抜糸の日、今度は私が8針縫った。マレニアは作中屈指と言われるだけあって現実世界の我々まで切り刻んでくる。怖い。今後は失礼のないようにしよう。呼び捨てもやめよう。

 さてマレニアさんチェンソーにやられた左脛もようやく回復し、抜糸をした。翌日からは私も野良仕事だ。


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ドラゴンにコーヒー紅茶の糟を撒いてみた。タンカンは臥せっている間に雑草のブーケみたいになっていた。終日草抜きをした。
 夜はしばしば木工棟梁の家に行く。棟梁は頻繁に私を夕食に誘ってくれる。内地から来た友人(当然私の知らない人物)との夕食にまで私を呼ぶ。その翌日は二人で廃校まで遊びに来た。実は極度の寂しがりなのではないかと思う事がある。

 そんな木工棟梁の家に行くとたまに三線を弾いてくれる。有名奏者の孫弟子になって十年か二十年になるのだそうだ。これを教えてもらうことにした。格好良いし、みんなに喜ばれそうだからと言ったが実は下心がある。

 三線が弾けると宴会に呼ばれ酒食にありつけるのはもちろん、小遣いまでもらえる事が有るのだそうだ。お頭がそう言っていた。お頭もそれが狙いかタンバリンを持っている時がある。残念ながら演奏の依頼はまだ来ないようだが。

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 しかし不純な動機は兎も角としてこれは私の手には負えないだろう。三線は弾くのと歌うのがセットだ。私は歌なんて中学の音楽の授業以来、歌った事がない。

 だからもちろん音感やらリズム感なんて格好の良いものがプリインストールされているわけがない。一応脳を右クリックしてプロパティを開いてみる。見落としていたオーディオ関連のものは無いだろうか。メニューの下の方にデフラグと灰抜きに表示されている。操作できない。

 …何か凄そうな名のドライバがあった。「アルデヒドヒドロゲナーゼ2」とある。これは何だろう。

 

 夜。いつもながら妹とゲームをする。今夜もマレニアさんに負け続ける。諦めて、初めて野良の助っ人プレイヤーを召喚する事にした。知らない人とゲームをするのは気を遣うのでこれまで避けていたが、2人では勝てそうな気が全くしない。

 このゲームで呼べる協力者は2人までだ。私たち兄妹のどちらかで1枠埋まるので呼べるのは1人だけだ。この第3のプレイヤーを「次はこの先生に依頼しよう」「この人はふざけていて真面目にやってくれなさそう」など言い合い吟味するのだが、これがとても楽しかった。名前と容姿しか分からないのでどんな人が来るかは賭けになる。

 強い人はもちろん頼りになるし、また弱い人同士で頑張って立ち向かうのも熱いものがあった。いずれにせよみんな個性があって面白かった。この一期一会を楽しむのが公式の提案する遊び方のひとつなのだろうか。まあやはりちょっと気は遣う。

 特にzzzさんとhotateさんと言う人が頼りになったので見かけたら優先的に呼んでいた。やたらすぐ死ぬ我々にも辛抱強く付き合ってくれた。

 そして私は下手にやる気を出して切り掛かると返り討ちに遭ってすぐ死ぬ、という事が段々わかってきた。もはや迷惑でしかないので頑張って戦ってるフリをし、安全圏をうろちょろした。どうせ回避されると思いながら、遠くから適当に放ってみた魔法が事故でヒットし、怒らせてしまった時などは全力で走って逃げた。トドメだけ刺しに行って返り討ちにされる事もあった。もう最後の方はマレニアさんと目が合ったらすぐ逃げた。

奥に居らっしゃるのが用心棒のhotate先生。右の雑巾みたいなのは妹。

  …そして、遂に勝った。用心棒の先生と妹の功績でしかないが。兄妹で計14針も縫う激戦だった。マレニアさんが今際の際に何か恨み言のような事を言っていたが、喜んで跳ねたり用心棒の先生に拍手のモーションを贈ったりしていて完全にシカトしてしまった。でも倒したから腐女子の女神か何か知らないがもう別にいいや。呪わば呪え。

 

 …2日後、私の縫いあとが黄色く膿み腫れ始めた。少しだが骨にまで痛みを感じる。また受診と療養生活に逆戻りだ。恐るべき腐敗の女神…。