辺境にて

南洋幻想の涯て

珊瑚垣の島

 少し前に区長に誘われた舟漕ぎ大会に参加してきた。

 昼前、区長率いるウシキャク集落民とイキョオの桟橋でチャーター船を待つ。イキョオ校区の保護者生徒も加わり皆で珊瑚垣の有名な島へ渡る。私はこの珊瑚垣の島に渡るのは初めてだ。

 

 段々と地名がややこしくなって来たが、はてなブログを始める際の注意事項に「個人名や住所を書くのはやめた方がいいよ(意訳)」とあったので仕方がない。

 かといって地名も動植物名もでたらめに表記しているわけではなく、元々の方言での呼び方を教えて貰い、聞こえたままに表現している。正直カタカナでは不足で表音記号が必要だ。特に「ク」の発音の子音が「K」より「Q」が適切に思われる場合が多い。

 

 30分ほど船に揺られ、太鼓で歓迎されるなか珊瑚垣の島の港に飛び移った。初上陸の一歩である。

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 港にはテントとビニールシートで席が設けてありヒンジャ汁や魚の郷土料理、弁当まで振舞われる。

 「本島組」「珊瑚垣組」「島外組」の3地域対抗らしい。他にも「警察官チーム」や「アル中チーム」と言うのもアナウンスされていたので個々に結成したチームもあったのかも知れない。

 我々ウシキャク民は、先行していたセソ民と「島外組」テントで合流してとりあえず飲み始めた。

 子供達がいるのに、と思う向きもあるかも知れないが保護者は勿論、先生まで飲んでいるから大丈夫だ。

 先生の名誉の為に記しておくと今日は日曜日であり先生の参加は義務では無いから来ない人は来ない。

 だが地域を盛り上げる為、休日なのに来て下さり、お酒で盛り上がっておられるのだ。弁解になっただろうか。書けば書くほど泥沼の様だからもう辞めにする。

 子供達は、ビール片手に談笑している大人など珍しくも無いと意に介さず、子供同士で仲良く遊んでいる。

 参加者が臨時ダイヤの町営定期船やチャーター便でピストン輸送されてくる。その度に珊瑚垣の島のおばあ達が太鼓で賑やかに出迎える。

 そんな光景を眺めながらハイボール缶を呷る。素晴らしい日だ。来て良かった。


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ヒンジャ汁はワタ入りで。

 

 その内に開会式が始まった。選手は整列して下さいというので並びに行ったが「島外」組は腰が重くなかなか来ない。やっと一人来たと思えば右手にビールを持っている。

 事前に日雇いの幹部から、前に並んで新聞に載れよと言われていたのでその様にした。

 酔っている方は危険ですから出走しないで下さい。という注意事項があったので後ろを振り返った。かなりの選手が足元にビール缶を置いている。彼らは不戦敗だから我々はかなり上まで勝ち上がるのではないだろうか。我々とは誰だろう。まだチームを作っていないことに気がついた。

 この珊瑚垣の島での舟漕ぎ競争は戦後に始まった。いや戦前だったかも知れない。ほろ酔いであった為よく憶えていない。三年ぶりの開催であり、また今回が残念ながら最後の大会になるそうだ。もう人は減る一方なのだから仕方がない。せめて楽しくやろう。

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ちっちゃいのに頑張った。

 

 …結果は2位であった。3地域中の2位だったのか、何チームもいた中の2位なのか判らないが、舟に乗る時になって漸く出来た急造チームにしては良く頑張った。

 「島外」テントに屯している内の誰が漕ぎ手かもお互い判っておらず、出走の直前に挙手をして洗い出された出来立てチームであった。

 

 閉会式が終わり、チャーター船の第一便が帰った。我々比較的若い者は片付けを手伝い第二便を待つ。定期船を皆で手を振り太鼓を叩いて見送った。定期船の乗客達も皆手を振っている。美しい光景だ。

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 片付けが終わった後最後にまたブルーシートを敷き、今度は3地域混合で車座に座って飲んだ。交友範囲が広がり、また何より楽しかったので船漕ぎ大会に参加して良かったと改めて思った。

 やがて第一陣を降ろした船が帰って来た。珊瑚垣の島民達は見えなくなるまで手を振ってくれた。


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 変わった地形の無人島やヒンジャを眺めながらイキョオの桟橋へ帰る。桟橋では先に帰島している第一陣が宴会をしながら我々を待っていた。


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釣ったマンビキを刺身にしていた。ご馳走だ。

 校長先生の隣に腰を降ろした。結構出来上がっている様で教育論?を私に伝えようとしている。廃校校長室に巣くう私も良い加減酔っていたので、教育現場に何ら関係ないくせに、廃校を預かる身としてその場で思い付いたご高尚な教育論を展開した。確か 、

 こういう子供の居ない環境で育った子は、進学や就職の機会に初めて都会に出る。突然大勢の中に放り込まれた子供達は、これまで経験してこなかった大量の人との関係に対応できないのではないか?

 といった内容だった。余計なお世話である。しかしこれはずっと純粋に育った島の子らが食い物にされないかと心配して気にかかっていたことではあった。

 取り越し苦労の下らない私の意見に対し校長先生は、その為に先生のバリエーションがあるんです、と力説した。私は感銘を受け、傾聴した。

 しかし酔いの覚めた後で思い出せば、先生が何十人も居るとか先生の人格がたくさんあるとか何だか妙な話だった。


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 舟漕ぎの話をし、生徒のミノカサゴ釣りを見物し、陽がいつの間にか落ち、最後に余った弁当を沢山貰って帰った。凍らせておこう。

 知り合いも増え、本当に良い一日だった。しかし皆よく飲むものだ。

 

 水曜日、日雇いの休憩中。お前新聞に出てたぞと聞かされた。

 夕方、魔王屋敷に寄り新聞を見る。火曜の新聞の一面に私が居た。閉会式の時の写真だ。

 酔って上機嫌で胡座をかき、斜め上空に笑顔で拍手を贈っている。傍には参加賞のティッシュまで添えてあり、これがまた絶妙に知性を感じさせない様になっている。

 新聞は一応持ち帰ったが何となく恥ずかしい写真だったので内地の友人達には黙っていよう。