辺境にて

南洋幻想の涯て

森の恵み、または制裁

 先輩に、お前は食べられると教えられた草や実を疑いなくすぐに口に入れるよな、と笑われた事がある。私は警戒心が強い性格だと思っているが本当はそうでもなかったのかも知れない。

 前々回の現場。日雇いの休憩中、近くの朽木に生えていたミングリを何気なくかじって周囲から少し馬鹿にされた。生で食べたものにナメクジでも這っていたら脳をやられるそうだ。お頭にまで馬鹿にされた。悲しみで脳をやられそうだ。

 しかし今気がついたがヤマモモや野苺もその場で食べている。それはどうなのだ。明日反駁を試みよう。もう二か月経つけど。

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 少し山に入れば美味しそうなキノコはたくさんある。しかし知識がないので採る事が出来ない。誰か詳しい人が居れば師事したいのだが心当たりがない。何人かの猟師さんにも聞いてみたがキノコにはそんなに詳しくないと言う。

 魚に詳しい人物なら幾らでも居るのになどと恨んでいるうち、自らの蔵書にキノコの図鑑が有ったのを思い出した。早速紐解き撮影しておいた写真と照合してみる。

 しかしよく判らなかった。まずこの本のキノコは写真ではなく外国の古い童話のような絵で描かれている。形の似たようなものはあったが明らかに違う点の方が多い。

 

 肥えた肝臓そっくりの外観を見れば、名前の由来が想像できます。肉を切った時に出る血のような赤い汁は、言うまでもありません。

 

 と不気味な事が書いてある。それにまるごとの肝臓がどんなものだか見たことがない。切ると赤い血の出る木なら仕事中に何度か見た事があるが、このキノコには触れもしなかったので分からない。そしてフランスの本だから二言目にはフランスではという文言が現れる。注釈に日本では何月ごろこういう樹種に生えますよと書いてはあるが、どうもシンプル過ぎるようで進んで命を預ける気にはならない。

 ではなぜそんな本を買ったのかといえば単に可愛いかったからだ。土と酒まみれの生き方に反して可愛い雑貨類が好きなのだから仕方がない。

きのこ (ちいさな手のひら事典)

 今日、農業における収益は未だない。私は林業の日雇いで生きている。日々山に入って木を切ったり山道で草刈りをしたりしている。知識さえつければ仕事の合間に食用になるキノコがたくさん手に入るのではないだろうか。

 早速ネットでキノコ図鑑のおすすめを調べ記事を読んだ。まずは毒キノコから覚えるべきと書かれていたので毒キノコ図鑑と普通の図鑑の二種類購入した。届くのが楽しみだ。離島の離島だから、即日発送だの翌日配送だのというのはいつかは届くという程度の意味に過ぎない。解ってはいるがいつも待ち遠しい。

 今現在、私の知っている島自生の食用キノコは三種類しかない。

 初めて食べたのは贋松茸だ。二十歳前後の頃、確か冬だったと思うが魔王が山で採ってきた。彼は冗談で松茸だと偽って私に食べさせた。しかし香りがかなり薄かったのでこれは何か別のキノコだと見破った。このキノコは去年も探しに出かけたのだがひとつも見つからなかった。

 キノコのある場所は概ね決まっている。皆それぞれ秘密にしていて教えてはくれない。

 次に食べたのはミングリだ。これはデイゴや枯れ木によく生えており見つけやすい。また紛らわしい毒キノコも無いそうだから安心して採取出来る。この間はイェラブチと一緒に揚げて天丼にした。

 最後がキイナバだ。昔、魔王は、ある料理の得意な人からこのキイナバのソテーを振る舞ってもらった事があるそうだ。かなり美味しかったらしい。それが今ぐらいの時期だったと聞いたので私は必死になって探している。ナバと言うのはキノコという意味で、キイナバとは黄色いキノコという意味である。

 

 大雨の後は川上の水源地を確認しなければならない。農業用水は全てこの川の水で賄っているためまさに農園の生命線である。

 と言っておけば真面目に働いているように見え周囲の評価も上がる。だが本当は食べられそうなキノコが生えていないか探し回っているだけだ。

 いや、ちゃんと水源地の様子も見ている。キノコは好物だからついでに探しているだけだ。本当だ。こっちの島にはスーパーも無いのだから自分で見つけるしか仕方がない。キノコを食べたいなら最早これしか方法が無いのだ。たまに水源地に行き忘れて帰ってくる。

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 帰る途中にキイナバらしきキノコがあった。しかしキイナバは単体では生えないと聞いていたので食べるのはやめておいた。早く図鑑が届かないだろうか。毒に中って死んでしまう前に。