辺境にて

南洋幻想の涯て

めまい

 引き続きマンゴーの剪定をする。何となく体の調子が悪い。一時間程すると体の力が抜け、立っているのも辛くなってきた。

 電圧が下がった感じというか、手足に血が巡らなくなったようなひんやりとした感覚がある。

 心配性な魔王に言うと島中の名医や呪術士なんかを集めてしまいそうなので耐えていたが、ついには諦め、体調が良くないので帰らせてくれと魔王に言った。案の定大変心配している。

 ビニールハウスから出て魔王を振り返る。一人で汗だくになって頑張っている。いつになく背中が小さく見える。このまま一日中一人で働くのだろうと思うと可哀想な気がしてきた。

 実は私の体調不良には心当たりがあった。台風で籠っていた時私は一日一食しか食事を摂らず乗り切った。だから人間は一日一食で十分なのだと思い、台風が去ってからも一日一食で過ごしていた。

 もう十日はそうして暮らしているだろうか。しかし一食では栄養は足りなかったらしい。おそらくこれは栄養不足から来る貧血か何かだろう。

 緊急回復のために冷蔵庫にたくさん詰まっているマンゴーを一つ取り出し食べる。

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 それから一時間ハンモックで横になった。元気が出た。またハウスに戻り剪定を再開する。そのまま2人で昼まで頑張った。

 昼は東の港へソーキ丼を食べに行った。食糧難で閉まっている恐れもあったが有難いことに営業していた。大盛り卵付きを頼む。腹が満たされ、また手足に血が通いはじめるのを感じた。お腹いっぱい食べられると言うのはなんと幸せな事なのだろう。
 もう数日で物流も回復するはずだから今日からまた一日二食に戻そう。


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生卵を溶いてかける。

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 それからたっぷり昼寝をした。体はすっかり元気になった。

 午後、またハウスに向かったが余りにも暑い。魔王も今日はもうやめようと言っているので剪定作業はやめにした。日光アレルギーで少し顔の皮膚も腫れてブツブツになっている。やめだ、やめやめ。

 後はマンゴーをカットするのを眺めたりつまみ食いをしたりドラゴンと遊んだり、つまり何もしなかった。

 事務室小屋の前にいると見たことのある青い車が通りがかった。アクトクでよく会う釣りのユーチューバーだ。奥さんらしき女性も乗っている。彼女とは初対面である。農園を案内しましょうと提案をした。良い暇潰しになる。

 名を売るべきユーチューバーを匿名にする必要は無いだろうと思うので、本人の許可を得て以降はたくわんさんと記す。

 作物の説明をしながらマンゴー→スモモ→ドラゴン→タンカン→バナナと案内してまわる。


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たくわんさんは背が高い。私なら脚立の必要なところにあったバナナの花を取ってもらった。というかよく見ると木と大きさが変わらない。怖い。

 魔王がドラゴンとマンゴーを出してくれたので海の方で食べた。海に投げた皮を魚が食べる。それを面白がって見るたくわんさん夫妻を私が面白がって見る。

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 たくわんさん夫妻が帰ったので私もスュリを去った。

 

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 廃校へ帰りシャワーを浴びて一息つく。不意に今日の昼の事を思い出した。

 

 東の港。注文したソーキ丼を待っている間。暑さから一気に飲み干してしまったお冷のおかわりのため席を立つ。カウンターに置いてあるウォータージャグから紙コップに冷たい水を注ぎ、また一口二口飲んだ。

 そのまま傍の壁に掲示してある観光マップを見るとはなしに眺める。そこで大変な事実に気がついてしまった。これまで西の端だと思っていたアンキャバ戦跡が東の端にある。

 この「辺境日誌」には度々東西の港が出てくるのだが、どうやらこれまで東西逆に記していたらしい。

 

 

 エコーにクーラーをつけてもらいとりあえずは髪を乾かす。そしてベッドに腰を落ち着け、スマホのメモ帳アプリで改めて島の地図を描いてみた。

 この離島は確か潰れたインベーダーっぽい形をして本島の下に浮かんでいる。

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確かこういう形。

 スュリは恐らくこの辺りだ。

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ヌュソではない。

 屋敷から出て右へまっすぐ行けば魔王宿のあるウセ、ウセを越えた三叉路を右へ曲がりトンネルを抜ければ東の港だ。

 同じように今度はウセから右に山を越えれば廃校、そこから西へまっすぐ行けば西の港、さらに走れば西端のアンキャバ戦跡に着く。地図に書いてみて原因が解った。私が西だと思っていた方向が実は東だったのだ。

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 スュリから眼前の海を見た方角が何とはなしに北だと勘違いして暮らしてきた。しかし本当は南だったのだ。そしてトンネルを抜け反対側の海に出た時、そこもまた北だと思っていた。つまり海を見れば何となく北だと思っていたのだ。

 南に北対すれば西は東に、東は西になる。何を書いているのかそろそろわからなくなってきたが方向音痴とはそういうものだ。脳内の地図にあるのは常に前後左右だけだ。医者に砂鉄でも処方してもらって服用してみようか。

 

 この「辺境日誌」は南洋に浮かぶ島での悲喜交々を廃校から綴るというものだ。しかしどちらを向いても北である以上、南洋に浮かぶ島なんて存在し得ない。そんなものは初めからなかったのだ。南洋なんてなかった。

 いや、と言うか南自体なかった。南洋幻想とはそう言う意味だったのだ。

 

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 問い:A君が家を出発して北へ分速60mで進んでいます。出発してから10分後に、B君が家を出発し北へ分速100mの速さで進みました。二人は二度と出逢う事はありませんでした。