辺境にて

南洋幻想の涯て

テラフォーミング計画 頓挫

 賭けに勝ってしまった。

 火星人は高級ホテルの面接へ行った。皆不採用に賭けたので私は冗談で採用に賭けた。採用されたら泊まりに行くからよろしく。と火星人に言ってあったのだが、その高級ホテルは一泊10万円もするらしい。

 私の日雇いの日当は8500円しかない上、雨の日や気乗りしない日、農作業がある日は参加できずその日の収入は0円である。月の収入は大抵10万円を切る。火星人よ忘れていてくれ。

 そんな貧困層たる私のアサバン(朝食)は水道水、ヒンマバン(昼食)の弁当のおかずは鰹節と煮干し3匹、たまにサーモスに入れた味噌汁付きという赤貧ぶりである。


f:id:Chitala:20230904204507j:image

f:id:Chitala:20230904204504j:image

朝食と昼食(鰹節は尽きた)。何故これで肉体労働が出来るのか不思議でならない。

 日中は働きながらも食べられる草などを見付けて採取しておく。最近は日雇いの社長からバナナの木の芯が食べられるという事を教えて貰った。少しほろ苦いがサラダにできるそうだ。味噌汁の吸い口にも良さそうに思う。

f:id:Chitala:20230904204558j:image

日雇いの社長は時々昼食を食べない。そういう時は私に呉れる。持ち帰り夕食にする。

 そして一日の楽しみユウバン(夕食)は平均週3日から4日程、野良動物のように方々へたかりに行く。

 今夜はウセ、その前日はスュリ、一昨日はウシキャクでお呼ばれした。今また電話があり明日の夕食は区長宅で盆の料理の残りを食べてしまうからおいでと誘ってもらった。

f:id:Chitala:20230903205829j:image

クイニャ。海藻の煮凝り。この離島にも本島にも無い別の島の食べ物らしい。

 あ、火星人の事を忘れていた。

 せんだってのトラボルタが押し掛けてきた晩、火星人の面接の話題になった。最近日雇いの人間と会えばこの話題しか出ない。

 どうやら受かったらしいス。と彼は言った。もちろんまず祝意が表れたのだが、その次に火星人を運転手にする計画はどうなるという気持ちが湧いて来た。

 トラボルタに苦情を入れたが、ワンはアイツの運転なんて怖くて乗りきらんス。と冷ややかな回答が帰ってきた。折角火星人を手懐けるための駄菓子まで貰ってきたのに。


f:id:Chitala:20230904204841j:image

f:id:Chitala:20230904204837j:image

勝手にひとつ食べられた。

 その採用されたというのは誰から聞いたのかと訊くと、山賊のお頭だと言う。急に情報の信憑性に疑問符が付いた。

 

 昨日の夕方。スュリでの草刈りを終えた私はツーリングを兼ねて東回りで帰った。

 東から帰るとかなりの遠回りになる。しかし帰って夕食を摂り眠ればまた仕事だ。だから一日のせめてもの楽しみとしていつも遠回りで海沿いを走って帰る。

 そこには水槽のガラスに沿って泳ぎ続ける回遊魚の様な哀しさがある。

 サジョウホから一山越えた時突然の夕立に見舞われた。今日は真っ直ぐ帰ればよかったと後悔をしたがもう手遅れだ。あっという間にずぶ濡れになってしまった。今更レインコートを着ても仕方がない。

f:id:Chitala:20230903210133j:image

 どうせ帰ればシャワーを浴びるのだからとそのまま濡れて帰る事にした。そしてヌミシャンとイキンマの間の峠で傘をさす自転車と出会った。

 こんな所で自転車に乗っている者は一人しかいない。火星人だ。

 彼はこの辺りを自転車に乗って猛スピードで走っているので噂になっている。ヤツと目が合ったその刹那、逸話を一つ思い出した。

 

 ある日の日雇いで火星人は、陽キャサーファーのD君に、何故今日は休憩中の腕立て伏せをしないのかと聞かれた。

 火星人は怪我をした両掌を差し出した。自転車を飛ばしすぎてカーブを曲がれず両掌から転倒したそうだ。D君は腹を抱えて笑った。私もそれを聞いて大笑いした。

 

 だがお抱え運転手にしようと計画している今は少しも笑えない。

 

 ブレーキをかけ第五種接近遭遇を試みる。いつものツナギに青々とした剃髪。最近は火星人というよりご住職に見えてきた。面接の合否を聞いた。

 ん〜ホテルの面接わぁ、ヤドリハマで先週の日曜日にあってぇ、僕わぁ…とまた回答へ至るまでのいつもの長い旅が始まった。話す速度も非常に遅いので忍耐力が養われる。彼がYes Noを即答したことはこれまでにただの一度もなかった。

 ご住職の長々とした話に付き合いシルクロードを共に往き、天竺まで辛抱強く付き添った果てについに不採用だったことが開示された。長かった。話が長すぎて雨が上がった。

 そもそも火星人は運転免許証こそ有るが円盤限定なのか運転が出来ない。しかし日雇い中は頻繁に車両を移動させる必要に迫られる。

 だから運転できるように練習しておいて、と言われた事もあったのだが、彼は言われた時だけ少し乗って終わりである。最近はとうとう見放されてしまった。だが今こそ地球人を見返す時だ。一緒にがんばろう。

 運転を練習し、私を時々送迎してくれるという小遣い稼ぎをしないかと切り出した。お頭がボロ車を貸してくれると言っていた。付き合うからそれで練習しよう、と持ちかけた。反重力は確かに楽しいだろう。だが、タイヤで走行するのだってそんなに悪くはない。

 

 火星人は、いやいやいや送迎なんてしない。と言った。

 f:id:Chitala:20230903210147j:image

 そこは即答かよ。