次に記憶に残っているのは藪の中だ。何故かトラボルタとアマゾンの人と三人で荒地の中の一本道を歩いている。ああそうだ、消滅した神の子集落を探しに来たのだ。
トラボルタを驚かせようと何度も先回りをして藪に伏せては飛び出した。よくハブに咬まれなかったものだ。驚かせるのに成功したかは定かではない。牛舎の跡や廃屋か何か見つけた記憶が微かにある。
何を撮ったのかよくわからない写真ばかり残っている。
その次は…トラボルタは居ない。彼は消滅集落探しから戻った時に屋敷に這入ったのだった。アマゾンの人と今度は隣のヌミシャン集落まで語らいながら散歩をしている。夜中というのはどうして散歩に出かけたくなるのだろう。
何の話をしたのかは一切わからない。偉そうな事を言っていなければ良いが。…私は夜目が効くとか変な自慢をしたな。実際は鳥目でない、という程度で普通の目だ。
???
しばらくヌミシャンの外海を観ながら何か語り、アクトクに戻っては道路に座って何かろくでもない話しをしたような気がする。恐るべきは相手が酒を飲めず最後まで素面であったという事だ。こんなに恐ろしい事はない。
四時になったので眠りましょうと言った。それだけは憶えている。
昼までには廃校へ帰り、シャワーを浴びてレトルトカレーを食べた。帰る時、廊下にお頭が落ちていなかったので蘇生したようだ。もしかしたら死んでしまったかも、と思っていたので良かった。
お頭はいつもビールだ。ビールなら何リットルでも飲むが、焼酎を飲んでいるのはあまり見た記憶がない。もう二度と勧めないようにしなければ。
まだ眠い。夕方まで寝直そう。ベッドへ横たわり天井板を眺める。
数ヶ月前の来島以降、時の人であり続ける火星人。昨夜もやはり来なかったな。
トラボルタとD君は、私の優しさと冷たさのギャップのおかげで、彼が日雇いに来なくなったとからかう。良い迷惑だ。彼が輪に入れるよう気を遣ってきたが、面倒になる時だってある。
火星人は近頃路上焼肉に来なくなった。つい最近までは、勝手にお頭の屋敷に上がり込んでいた程だったのだが。朝目覚めればよく枕元に立っていたらしい。さぞかし心臓に悪かっただろう。
彼が来なくなったのは酔ったお頭に延々と説教されるからなのか、妙な言動をしては皆に笑われるからなのかはわからない。特に昨夜は絶対に来ない事は分かっていた。私が火星人の天敵だと目している陽キャD君が居たためだ。
陽キャD君は後ろへ撫で付けたドレッド?風の茶髪と顎髭で顔の外周を覆っており、ライオンのたてがみの様だ。そういえば顔もどことなくライオンに似ている。そして底抜けに元気で明るい。大阪の岸和田出身の彼はまさに下町のお祭り男といった風である。
彼は火星人の奇行──休憩中神妙な顔をして全裸で滝にうたれ始める等。を面白がり積極的に話しかけていた。
火星人は陽キャD君が接近するとそれだけで逃げ腰になる。その光景は満腹のライオンに遊ばれるガゼルの仔の様だ。
火星人は笑って流したり冗談で返したり、そういうスキルは持たない。マーズピープルは奇行の数々を、おそらく何か凡百には解らぬ優れた事績として行っているつもりであり、だから一般ピープルは感嘆、賞賛以外の反応はすべきではなく、ましてや指をさして笑うなど有ってはならない反応なのだ。
内地ではそういう「保護者」「理解者」の間に閉じこもっていたのだろう。
彼はもうここを去るかもしれない。だが彼は、相互無関心だと言われる都市での暮らしの方が幸せになれるだろう。
本当は、初めて会った時から、彼が中二病的な所謂キャラづくりをしているのではなく、ホンモノだと解っていた。
それなのに親元を離れあくまで自力で生きていこうとする彼を「立派だと感じ」果物などを「呉れてやった」り、仕事を「紹介してやった」り、輪に「入れてやろう」とした。私に傲りはなかっただろうか。
そして、そうした私の傲岸な友愛を受け取らなかったとき、豹変し冷たい眼差しを向けていたのではないか。
弱者への愛には、いつも殺意がこめられている
安部公房「密会」より
かすかに聞こえる波の音に耳を澄ます。意識がだんだんと海の底に沈んでゆく。が、突然のスマートフォンの通知音により意識が再浮上してしまった。
トラボルタからラインが来ていた。今から遊びに行きます。とある。もう疲れたので来るなと返事をしたのだが既読がつかない。来るな、来なくていい、と続けて送信し、殴っているスタンプまで添えておいたがやはり既読はつかない。そのまま陽キャD君を連れて強引に遊びに来てしまった。
来たものは仕方がない。ジュースを出してリビングで寝そべり海を眺めて過ごした。昼過ぎ、飽きてきたのかトラボルタがショドンへ行こうと言い出した。しばらく迷ったが廃校に籠るよりは面白い事があるかも知れない。付いて行った。
何となく寄ってみたショドンのたこ焼き屋は閉まっていた。そのままトラボルタの家へ行きやはり何をするでもなく、畳から養分を吸収せんとばかりに寝そべって過ごした。
流石に誰の口からももう酒なんて単語は出なかった。寝そべったままライフガードを飲んで過ごす。
陽キャD君は、友達の家で何もせずダベるだけなんて子供の時以来やわ。と笑った。
そうだ。言われてみれば確かに懐かしい感じがする。廊下を挟んだ隣の部屋ではトラボルタのお父さんが、我々など存在しないかのようにテレビを観ている。開け放たれた縁側から吹き込む暖かい風。強い日差しが庭に作る影のコントラスト。小学生の頃の夏休み。
最後に陽キャD君を東の港まで送った。港にはお頭の車が有った。本島へパチンコに行ったのだろうか。デートだと言っていたような気もする。その両方かもしれない。
お頭の車は壁にぶつかって停まっていた。今日はいつもより空も海も青い。