辺境にて

南洋幻想の涯て

旅路⒈

 朝。魔王に、キュウワヒギュッサヤー。と声をかけた。魔王も、ヒギュルサヤ。と返した。魔法攻撃の応酬ではない。

 午前中は私の幼ドラゴンに大量発生しているティンダリ(カタツムリ)を駆除した。ラジオペンチで捕らえ、中ぐらいのペットボトルに入れていく。数百匹は捕らえただろう。ボトル4本分になった。

 それから何とひと月ほど前に見かけたピンクのバッタをまた見かけた。末端だけがピンクで体の中心は普通の緑に育っていた。日照時間で色が決まるのだろうか。


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近くに落ちているピンクのものは雑草の茎だ。彼の脚ではない。

 

 翌日から10日間、私は大阪に行く。20代半ばまで暮らした祖父母の家をとうとう売る事になったので、お別れに行くのだ。

 昼からは魔王と庭石を動かしたりトタンを剥がしたりと庭の模様替えをした。それもひと段落すると今日はする事がなくなった。作業中に、魔王からまた新しいお土産品を試作している旨聞いた。見て欲しそうだったから、というか、見ろ、見ろ、と言うので見た。

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プラスチックっぽく見えるが綺麗。

 新作は、浜で集めたビロードで作ったピアスだった。そしてまたそのための新アイテムも購入している。名称はわからないがマニキュアをコーティングする液と、それを硬化させる光の照射装置だ。

 宿もそうだが、魔王は兎に角思いついたら幾らでも投資してしまう。そのくせ商売自体にはあまり熱心にならず、一山当てたという話はまだ聞かない。もちろんこだわりの詰まった宿も毎月赤字だ。

 今日動かした20個ほどの石にしたってそうだ。この数十年、形が良いからと集めてきたものだが、何かに使うでもなく売るでもなく墓標のように庭に陳列されている。魔王は私のバックパックほどもあるものを指し、これを内地に持っていけば10万で売れるぞと笑った。どこかで読んだような話だ。

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 魔王は引き続きソテツのキーホルダーもあれこれと作っている。小屋の棚にぶら下がっているソテツキーホルダー試作品を、大阪の友人の土産にしようと思いつき2つ取った。このソテツ試作品はカンブリア紀に突入したようで、あらん限りの形のものが下がっている。

 笛に加工したものもある。加工とは言っても天辺を切り中身を空っぽにしているだけだ。ビール瓶を吹く要領で音を出す。しかしこのごくシンプルな笛は面白い。自然の中で暮らし働いていると、笛というのは何かと役に立つものだ。私などわざわざ忘れた時の為の予備を鞄に入れているほどだ。

 数週間前に貰ったキーホルダーはもうボロボロになっているので、笛のを一つ作ってもらった。中身が無ければ蟻は来ないだろう。そしてマニキュアコートをすれば赤い色も鮮やかなままかも知れない。穴は側面に開けてもらった。鳴らすのにコツが要るが、見た目上この方が好きだったのだ。


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穴を開け、中身を出す。

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紫外線だか赤外線だかを当てる。
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何だか不思議な光景だ。


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前のと交換。

 それから廃校へ帰り旅行の支度をした。と言ってもバックパックに着替えを放り込むだけだが。

 翌朝、魔王に西の港まで送ってもらう。そしてクニャの港から本島北方の空港まではレンタカーだ。あまりに早く着きすぎるので途中寄り道をした。この島の博物館だ。ここへは10年は行っていない。


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 一時間ほどでさっと回ろうと思ったのだが、身近なものや関わりのある場所についての展示がなんだか面白い。もう少しゆっくり観られる時に再訪しよう。


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 足下にイェラブチが居る。また屋敷水源地の森にそっくりな場所で、旅の始まりの記念写真を撮った。


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その辺りで見かける物が、さも珍しい物のように展示されているのが面白い。

 展示は記憶より見応えがあった。確か2階のレストランも美味しかったのだが今はもう時間がない。博物館を後にし、空港へ向かい大阪へ飛んだ。

 

 大阪は思ったよりも寒くはなかった。空気が乾燥している。空港からバスに乗り梅田に向かう。高速道路から無数の看板を見る、生産効率を上げよう!と書いてある。それからラブホテルの看板、リサイクルショップの看板、街はこんなにも情報で溢れていたのか。

 バスはどこだかわからない巨大なホテルの前で止まった。皆が降りるので私も続く。しばらくぶりの梅田に降り立つ。冷たい空気を吸い込む。お菓子、ドブ、ゴミ、揚げ物の臭いがマーブル模様になって入ってくる。それは懐かしい臭いだった。街は臭いの情報もこんなに溢れていたのだ。楽しい気分になった。

 妹の仕事が終わるまで地下探索で時間を潰そう。地下で迷子になるのは私のお気に入りの遊びだった。ダンジョン入り口を目指して私は歩き出す。数歩行って踵を返し、そしてまた歩き出す。困惑して立ち止まる。ここがどこだか判らないのだった。