辺境にて

南洋幻想の涯て

冬のふうけい ⒉

 ある日、魔王が休む時の仕事を考えたというので付き従った。休みが何を指すのか我々にはもう分からない。何であれソテツを材料にするのだと言う。採取するためセリガチへ向かう。

 セリガチは場所の名前であり集落などは無い。砂糖キビ畑と、浜へ降りられる藪があるのみである。山の方角に少し先祖の土地もあるが水捌けが悪く使っていない。

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 道に一列に生えているソテツから実を採る。スュリ側から数えて7割ほどの木には実が無かった。目を付けていたのに誰か採ったな、と魔王は憤慨した。植えた人かもなぁ…。と魔王は呟いた。それは植えた人は持っていくだろうと思ったが黙っておいた。

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アマンと森のクンミャトが仲良く冬眠している。かわいい。

 残っていたソテツの実を採りスュリへ帰る。

 

 

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 高圧洗浄機で実をさっと洗い、水分を拭きとった。これをどうするのかと聞いた。魔王はキーホルダーを作って市場に出し、冬の稼ぎにすると答えた。

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 材料費がゼロだからキーホルダー用の金具代だけで儲ける事ができると御満悦だ。

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 試作すると言うので数個のソテツの実を掴み、小屋へ持って行く。

 


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 小屋には歯医者に貰ったというドリルの先端セットがあった。この何でも貰ったり拾ったりする性質は私にも遺伝している。魔王はグラインダーで実の頭を少し削り、電気錐で穴を開けた。

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一個700円で売るそうだ。

 穴に金具をねじ入れ完成だ。呉れると言うのでポケットに突っ込んだ。素朴な感じで悪くないと思う。

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森の中で落としても目立つ色だ。早く見つけなければ発芽してしまうが。

 仕事の帰りに、私と同じく船を待つアマゾンの人を見つけた。アマゾンの人は初めて会った頃、原始共産制を目指すと言っていたが、一緒にいたスピリチュアル系女性は内地に帰り(元々旅行客だったらしい)火星人とは話が通じなさすぎて決別した。つまり一人だ。一人では共有財産なんてしようが無い。

 しかし彼は特に挫折した風でもなく、飄々と地域に溶け込んで暮らしている。私は彼を見くびっていたらしい。

 彼もまた理想に凝り固まって目が輝き、それがために虚構の方の島に着いてしまい、挫折し消えて行く、そう言う年に数名は見かけるモブ漂着民だと決めつけていた。だが、アマゾン暮らしは伊達ではなかった。

 彼はおそらく共産という単語は便宜的に使用しただけだろう。そこに主張がある訳ではないようだ。本命は原始的な生活にどこまで迫れるか、という事のようだ。柔軟性があれば簡単に折れることはない。

 必要であればバイトもするしスマホも持っている。しかし住処に電気は引かない。かつて暮らしたアマゾン奥地に電気は無かったから平気なのだそうだ。立派なものだ。電気が無いからスマホは他人の電気で充電しているようだが…。そこはあまり立派でない。

 お互い船の待ち時間が暇だったのでクニャの町を歩いた。私は魚の安い店を教え、アマゾンの人は引き換えに惣菜の安い店を教えてくれた。

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シャッターの降りているときに何度か前を通った。廃業した書店だと思っていた。

 入った事のない土産物屋や酒屋でも油を売った。土産物屋は飴や酢昆布を呉れた。それでもなお時間を潰しきれず港に戻る。船着場で雑談をしていると今度は山賊のお頭がやってきた。お頭の所は明日で仕事納めなのだそうだ。私の所は去年と同じく大晦日までやるかもしれない。

 お頭は飼っている犬にも所有する船にもソテツと名付けている。昔はソテツ味噌を作ったり発芽させて苗を売ったりもしていたそうだ。そんなソテツ男のお頭にソテツキーホルダーをみせた。

 良いがね。と肯定的な反応が来た。でも気ぃつけらんば蟻が来るちょ。と言われた。ソテツの実にはかつて救荒食であった歴史がある。デンプンでも豊富なのだろうか。因みにアマゾンの人も、いざという時に食べれるね。という反応だった。

 蟻に集られてはたまらない。そうなったら捨てよう。いや、それより魔王はこれを観光客に売ろうと画策している。問題になる前に教えなければ。

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 離島へ帰り、スュリの畑に向かう。庭に魔王がいた。

 見てみろと魔王が指差す軒の下にはソテツの実がずらりと提げられている。実同士が触れていると黒ずんでしまうのだそうだ。だからひとつひとつ銅線で吊り下げたらしい。

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 魔王は誇らしげにしている。これは売らない方が良いと言い出すタイミングを探る…。